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顔だけのバカ女


「いや〜しかしよぉ、ユウちゃんがこんなに早く戻ってくるたぁ思いもしなかったわ」


「お勤めご苦労様っすってか? ギャハハ」


 傷だらけのテーブルに不揃いの椅子、白く曇ったグラスに注がれる安酒とクダを巻く酔っぱらいたち。お世辞にも小洒落たバーとは言い難い酒場の一角でユウは背が高く、ガタイの良い髭面の男と小柄に禿げ上がった頭が特徴的な中年2人と酒を酌み交わしていた。

 ここはユウがこのギルティアに訪れた時、最初に来た酒場。あれ以来、マスターとは懇意にしており、この男達ともこの場所で知り合った。出会ったばかりの頃はたまに酒を酌み交わす、それぐらいの関係であったが、いつしか同じ現場で働く仕事仲間になった。そう、彼らはユウが日々の生活費を稼ぐため出ている土木仕事の作業員だ。


「縁起でもないこと言うなや。ワシはまだ豚箱に入れられるような罪を犯した覚えはないぞ」


 軽く苦笑をしつつ、ユウは空いたグラスに酒を注ぐ。透き通った琥珀色の酒だ。味はウイスキーに近いが、飲み慣れたウイスキー程、美味くはない。まさに安酒といった感じだ。


「冗談はさておきだ、マジで身体はもう大丈夫なのか? 見舞いに行った時聞いた容態にしちゃあ治るのが早すぎる気がするんだが……」


「まぁ、医者が思うよりワシが頑丈だったんじゃろ。日々の肉体労働のおかげかのぅ」


 グラスに浮かぶ氷を指で回しながらユウは適当に答える。


「筋肉鍛えたって臓器には関係ないだろ」


 問いかけた大柄の髭男は豪快に笑い、なんともねぇなら良いんだけどよ、と酒を煽った。


「ビル、お前の声はでかいんじゃ。笑う時はワシの顔から少し離れろや」


「おぉ?」


「なになに、中身はちとおっさんくせぇがこんな可愛い顔をしてんだ。そりゃ、近付きたくなるってもんよ」


 赤い鼻に垂れた目、禿げ上がったもう一方の男は下品に笑い、そろりとユウの肩へ手を伸ばすが、不快そうにユウはそれを払い除ける。


「んで、本題はなんじゃ?」


「おっと?」


「本題? いったい何のことを言ってるんだ?」


 2人は惚けたように目を見合わせて、わざとらしく首を傾げた。


「ビルはまだわかる。お前は図体と声はデカいがわりと細かなところに気が付く、お人好しだからのぅ。じゃが、ウィスリー、お前みたいな風俗狂いのケチが人に酒を奢るなんてことはありえん。何か裏がある、そうとしか思えんわ」


「おいおい、俺のことそんな最低な人間だと思ってたのかよ? 仕事仲間だろ? ひでぇぜ」


「グハハハ! 日頃の行いが悪過ぎたな、ウィスリー」


 大きな手でウィスリーの丸まった背中を叩き、ビルはまたも笑い声を店中に響かせた。


「ビル、慰めてくれるのは有難ぇが、耳が痛いわ。あと背中も普通に痛ぇ」


「おっと、すまんすまん」


「お前にゃ悪いが、俺を慰めるのは女かはたまた自分の右手か、そのどちらかにしか叶わなぇんだよ。お前みたいな筋肉髭達磨に慰められてもよ……萎えちまう」


 そういう下品なところが女に嫌われるんだ、とは言わずユウは酒を一息で飲み干して熱い息を吐く。


「今日の快気祝い飲みは4人のはずじゃったろ。ワシにビルにウィスリー、そして新人のキッド、この面子だったはずじゃ」


「あー……そう、だったな」


「キッドはどうした? 彼奴がこの場におらん、そのことがどうしても引っかかる。彼女や妻がいるわけでもないし、酒を飲む暇もないぐらい忙しいやつでもないじゃろう」


 ハイペースで空いていくグラスにまた酒を注ぎつつ、ビルの顔を見るも視線が合わない。何か隠し事があるのは間違いないらしい。


「風邪でも引いたか……いや、そんなわけがない。風邪ならこんな姑息に隠すような真似しないはずじゃ」


「ウ、ウィスリー、ちょっとこっちに来い」


 徐に席を立ち、ユウに背を向けてこそこそと密談するビルとウィスリー。


「ど、どうする? もう正直に話すか?」


「バカ、もっとベロベロに酔わせてから言う手筈だっただろ? 酒の進みは早いが、ありゃまだまだシラフだぜ?」


「でもよ、ユウを潰す前に俺たちが潰れちまう。ウィスリー、あいつの酒豪っぷりをお前も知らねーわけじゃねーだろ」


「くそったれめ、普段は中身おっさんのバカな女なのにこういう時ばかり勘が働きやがる」


「やっぱり女ってのはおっかねぇよ。ウチのカミさんだってそうだ、少しでも隠し事があれば心の中を覗かれてるように見透かされちまう。もう話そうぜ? このまま隠したって碌なことにならねぇ気がする」


「あんな顔だけのバカ女にビビってんじゃねぇよ、ビル。お前の筋肉は見せかけかぁ? いざとなったらぶん殴って押し倒せば解決。加えてハッピーなこともできるぜ?」


「ウィスリー……お前って本当、最低なヤツだな。少しだけ、お前という人間がいてよかったと思えたよ。幾許か自分がまともな人間に見えてくる」


「とにかく、今話すのは得策じゃねぇ。こんな話、断られるに決まってる。勝負はあいつが物の判別がつかないぐらいベロベロに酔っ払ってからだ」


 ウィスリーの強い目力に気圧され、ビルはなくなく頷いた。


「待たして悪いな。キッドのことは置いといてよ、もっと強い酒飲まねぇか? こんな子供が飲むハニーシロップジュースみたいな酒じゃ酔いたくても酔えねぇや」


 席に戻ってくるなり、ウィスリーはヘラヘラと笑いながらユウを潰すべく、そう提案する。


「それに腹も減ったな。そろそろ、追加のつまみも何か頼もうぜ」


 言いながらメニュー表に手を伸ばしたウィスリーの指の隙間を何か冷たい物が通過した。




「おう、内緒話がしたいならもっと離れた所で、もっと小さな声でせぇや。じゃなきゃ、ワシみたいなバカ女にも内容が筒抜けじゃ」




 テーブルに深々と突き立ったナイフ。ギラリと鈍く輝き、分厚い机を貫通する勢いで机に刺さる様を見て、ウィスリーの額に汗が浮かび、酒で高揚していたはずの顔から血の気が引いて行く。肉や魚を切り分けるために使うはずのそれが嫌に悍ましく感じたのは初めてだったと後にウィスリーは語ることになる。

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