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悪意ある愛情


「先に謝っておきたいんだけど……僕は何も意地悪や悪意を持って隠していたわけじゃない。僕だって意識をしっかり持ってこの夜を過ごしているのは今日が初めてだし、時を動かせばこの悪夢を脱することができるなんて初耳だったからね。だから今日、ブレンダと再会を果たしてナルキスくんの言葉を聞いた時、まず最初にあの鐘のことが頭に浮かんだ。毎晩毎日、南の空に月が浮かぶ時、決まってあの鐘は鳴り響く。それは決して変わらない、当たり前だった」


「……エド……どういう、ことなの……? あなた、何を言ってるの?」


 シュシュは頭を抱える。エドヴァルドの状況を鑑みればそれもまた()()()()とも言える行動だったからだ。


「シュシュさんは気付いていたんだよね? ブレンダに言わなかったのは優しさからかい? それとも……」


「……どちらも、です。勿論、最初はこの悪夢にあなたがまだ残っているとは思いませんでした。だから、せめて悪夢とはいえ夢の中だけでも、と」


「ちょっと待って! シュシュちゃんまで何? 意味が、私には意味がわからないわ。貴方達2人はいったい何をそんな怖い顔で話しているの?」


 瞳に涙を浮かべ、混乱するブレンダの両肩を掴み、シュシュは真正面に視線を合わせる。





「エドヴァルドさんはもう死んでいます」





 はっきりとそう告げた。

 心臓が握り締められているかのように胸がぎゅっと苦しくなる。


「は、はは、な、何を言ってるの? エドなら生きてるじゃない。あぁしてほら、今も確かにそこに立ってるわ」


「ブレンダさん、あなただってどこかで疑問を感じているはずなんです。でも、それを見ようとしないだけで」


「エドがいることに……疑問を……?」


 俯いていた顔を上げ、ブレンダがエドヴァルドへと視線を向ける。答えに到達しようとするもブレンダの願望がその解答への道を隔ててしまう。

 真実と願望、その狭間を彷徨うブレンダの手を取り、正しき道へと導いたのは意外にもエドヴァルド本人であった。


「ギルティアにあるクロムの大時計のように長く正確に時を刻んで来たわけじゃない。でも、僕が君の泣き顔を見上げて永い眠りについたあの時からそう短くはない時が流れていることは大体察知できる」


「いや……言わないで……」


「僕の身体は現世にはもうないんだよ、ブレンダ。今、ここにいる僕はかつてエドヴァルドだった男の残滓。魂と呼ぶことさえ不確かな古く頼りない残り火なんだよ」


 嗚咽を漏らし、顔を塞いだブレンダが膝から崩れ落ちた。

 その前に立ちはだかり、シュシュは大きく息を吐いた。


「考えてみれば、最初から変だったんです。死んだら終わりだ、と言いながらも目が覚めれば時間が戻ってるって言ったり、変にわたしたちのやることに否定的だったり、最初は恐怖心からの錯乱状態、そう思いはしましたが……世界のことを知りながら隠し、何かと泣き言を言うふりをしてこの時、天からあの怪物達が現れるこの瞬間まで時間を稼いでいた、そういうことですね」


「…………大体は当たってるよ」


 死ねば終わりではない、そんなことはナルキスと再会したあの時の言葉で何となくだが、予想はできていた。ただ、その不確かな状況で安易な賭けに出ることはできなかっただけだ。


「あなたは意地悪や悪意があってのことではない、そう言いましたが、これは立派な悪意ある行動です」


「……言い返す言葉もないよ」


 背後からは得体の知れない液体が壁の隙間から染み出して来ている。天使が形を変えてこの場に侵入しようとしているのはほぼ、間違いないだろう。

 もし、エドヴァルドが言うようにこの夢を脱する術が鐘にあるならば、急がなくてはならない。道を阻む眼前のエドヴァルドを倒し、ブレンダを連れて上に。


「わたしたちをこの悪夢から出す気がないのならば……」


 やむを得ない。

 初めての一騎打ち。その覚悟を決めてシュシュは口を固く結ぶ。

 エドヴァルドがいったいどれ程の戦力を持つのか、脳ある鷹が爪を隠すように巧妙に隠された何かを秘めているのか。ただでさえ未知数故に緊張する相手に加えて、先程までの弱気な態度とは打って変わったエドヴァルドの落ち着き払った態度がさらにそれを増幅させた。






「その逆さ。シュシュさんにはブレンダを連れて必ずこの悪夢を脱出すると約束してほしいんだ」






 悲しみの見え隠れする小さな微笑みだった。


「死んだはずの僕が、ブレンダとこうも早く再会できるなんてことはほぼない。涙を流した彼女と唇を重ねた時、こんな時間が幾日も幾年も、永遠に続けばいい、そう思ってしまったんだよ。悪意の溢れたこの悪夢で僕だけならず、ブレンダをも巻き込んで、これから幾重のも苦痛と恐怖を味わうことになることさえ忘れてここで永遠に一緒にいよう。そんな邪な思いが頭を過ってしまった」


「嫌……まるでそれは別れの言葉じゃない……」


 互いに愛し合い、早すぎる別れを経験した2人。今更、口を挟むことなど出来ぬだろうと口を噤んでいたシュシュへ徐にエドヴァルドが深く頭を下げた。


「ありがとう、シュシュさん。君の言葉で目が覚めたよ。性格不一致も良いところのナルキスくんを深く信頼し、互いに思い合う姿は夫婦愛とはまた別の形の絆なんだと実感したよ。きっと相手を思いやり、行動するというのはまさにそう言うことなんだと思う。愛してるから離れたくない、愛してるから欺き、騙し、相手の気持ちなんかどうでもいいから一緒にいたい。これじゃ、子供の駄々っ子と変わらないじゃないか、そう考え直させてくれた」


 エドヴァルドは自重気味に笑いながらシュシュの横を通り過ぎ、ブレンダの頬に口づけをした。

 今生の別れ、正真正銘の最後の愛情表現だ。


「嫌よ、エドヴァルド。どこにも行かないで。もう私を悲しい気持ちにさせないで」


 ぐしゃぐしゃに濡れた顔、零れた涙を人差し指ですくってエドヴァルドはブレンダの頭を優しく撫でた。


「どこにもいかないさ。ただ、ほんの少しだけ君の元を離れるだけだよ。きっと目が覚めればまた会えるさ」


 震える手でブレンダを強く抱きしめた後、エドヴァルドは天使が這い出ようとする壁の亀裂の前に立ち、


「さぁ、ここは僕に任せて……いや、任せてと言っても僕じゃそう長くは持たないかもしれないけど、頂上の鐘を鳴らすんだ。僕らを、救われない憐れな魂を解放し、この世界に夜明けを見せてくれ!」


大きく叫んだ。

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