ベルセルククレフター討伐戦
「なら、いっちょザリガニ退治といくかのぅ。3人でな」
「さ、ささ、3人では……ない……です」
「ユウ氏、我らを忘れてもらっては困りますな」
「俺ならワンパンで余裕だから」
「ユウ様、シュシュちゃんのためなら私は命を落とす覚悟があります!」
上から、キボンヌ、テツオ、ロムセン、ドルオ。
歴戦の兵士達の如く、吹き荒ぶ風に衣服をたなびかせ、悠々と歩いてきた男達は得意げな顔で遠く、こちらを威嚇するベルセルククレフターを睨みつけた。
「皆の衆、感謝感激でござる!」
「礼には及ばん。我ら萌ゆる夢ギルドのリーダーが残ると言っているのだ。これが尻尾を巻いて逃げ出して入られますかな」
「おぉ、テツオ殿。なんたる男らしさ!」
ガシッと手を握りあい、固い友情を示すように全員で肩を組む、ニオタたち。
「ところで、あの人。えっと……ラヴジャさんはどこにいったんですか?」
「ラヴジャさん……なら……インドラさんと協会の方を安全な……場所に……」
「あのおっさん、あんな厳つい顔してブルブル震えてたんだわ。戦力にならないから、敢えて避難誘導役にしといたったわ。マジ草生える」
どこか頼りない萌ゆる夢の面々よりかは少しは腕っ節がありそうであったラヴジャの意外な撤退。まともな戦力に期待していた分、少し残念ではあったがユウは敢えてそこには触れなかった。
外見で中身を判断するものではない。
「しかし、ユウ殿。奴を退治すると言ったでござるが、如何様に?」
「……わからん。気合いでなんとかするしかないじゃろ」
「クププ。このご時世に根性論っすか?」
どうもこのロムセンという男、達者な口を持っているらしい。
どこかアグニに似た感じもするが、決定的な違いとすれば威勢の良い口ぶりの割には足が震えていること。自信のなさの現れだろう。弱い自分を隠すための精一杯の虚勢とも取れる。
「ロムセン氏の言い方は少し棘がありますが、小生も同意見ですな。あれにがむしゃらに特攻するなどあまりに無謀」
テツオの言い分はもっともなのだが、何しろ術がない。ユウやシュシュと違ってニオタ達は自前の武器を持っているが、弓や小さなナイフなどあの強固そうな殻を破れるとは思えない。
ステゴロを一本を信条とするユウもこの時ばかりはダイナマイトやチャカの1つ持っておけばと後悔した。
「何か……何かないかのぅ。あの殻にぶちかませそうな硬くて重い一撃を喰らわせる何か……」
考え込むユウの視線がふ、とシュシュの前で固まる。
あった。あるではないか。
この細腕でどれほどの威力が期待できるかわからないが、限りなく素手で近く強力な一撃をお見舞いできる術が。
「シュシュ、お前の出番じゃ」
「はぃ? わたしですか?」
力強く手を両手で握られ、シュシュは訳もわからず首を傾げる。
その繋いだ手をそのままに、ユウは全員の顔を数秒の間眺めて、切り出した。
「皆の命、ワシに預けてはもらえんかの?」
「いくでござるよー! せーのっ!」
ニオタの掛け声と共に萌ゆる夢ギルドのメンバーは一斉に小型ベルセルククレフターの死骸を力強く踏みつけた。
メシャッと殻がひしゃげる音、たちまち辺りに蔓延する生臭さ、そして青緑色の血液が飛び散る。
「キィィィィィィィィィィ!!!」
ユウにこびりついた臭いを辿るようにジリジリとこちらに歩み寄っていた巨大ベルセルククレフターは威嚇のポーズをさらに大きく構え、甲高い奇声を発した。
「うぐぅ〜怖ぇ〜」
「だ、だだ、大丈……夫……かな?」
「いや、マジこれで逃げてたら、あいつら許さねーわ……マジで」
「ユウ様のためならば、この命……お、惜しくは……ある……」
「来るでござるよ! 皆、構えるでござる!」
地を揺らし、怒涛の勢いで迫り来る巨大生物に各々が弱音を吐く中、ニオタの声を合図に全員が武器を構えた。
初撃はニオタの弓、それに続く形でドルオがクナイのようなナイフをすかさず投げ込む。しかし、それも虚しくベルセルククレフターの前では全くの意味を成さない。硬く分厚い殻、地を揺らし巻き起こる風に容易く弾かれてしまう。
「て、撤退でござる!」
残るは鎖鎌、トンファー、杖と接近戦、または魔法詠唱を主とする面々、それは分が悪いと判断したニオタは一声。蜘蛛の子を散らしたように畑を駆け回った。
ユウが提案した作戦は極めて簡単であった。
それはニオタ達が囮となっている間にシュシュの鉄球による一撃でベルセルククレフターの殻を破り、仕留めるというもの。
ユウの経験上、土壇場においての緻密な作戦は返って混乱を招きうるものであり、作戦通りに事が進むことはほとんどないに等しかった。加えて、いつベルセルククレフターが襲い来るかわからない状況、時間にして2分もなかった今、そんな綿密に計画を立てている余裕もなかったのだ。
さらに言えば、元々ユウは組において絵を描くようなことはしない。冷静さこそ持ち合わせているが、直情型のユウの仕事ではなく、それは若頭の鰐淵の仕事だった。
慣れないことはするものじゃない。そう、察したユウの冷静さ故の判断ではあったが、囮役となるニオタ達の負担は計り知れないものとなってしまっていた。
命を預ける、たった2人の少女に自分たちの運命を委ねてしまっていいものか、と全員が涙を流し走り惑う中、ユウはシュシュを背負い、ベルセルククレフターの後方に回り込むように走り寄っていた。




