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時を動かせ


「ナルキスくん……左腕は……」


 命を救われながらもシュシュの目に飛び込んできたのはナルキスの失くなった左腕だった。

 感謝や安堵がないわけではない。ただ、シュシュさえも認めざる得ない戦技に秀でたナルキスがこうも深手を負うとは信じがたかった。


「あぁ……邪魔になったからね。捨ててきたのさ」


「えぇ!? なんでそんな余裕な態度が取れるんですか? 痛くないんですか? 痩せ我慢してるんですか? 捨ててきたってどう言う意味なんですか? 本当に頭がおかしくなっちゃったんですか?」


「……ふむ……キミにも僕がそう見えるかい?」


「はぇ? い、いやいや、取り敢えず早く応急処置をしましょう。このまま放って置けば死んじゃうかもしれないですよ」


「応急処置なら済んでるさ。止血もしてあるし、痛みがないわけではないけれどこれぐらいなら問題ないさ」


 氷結により応急処置。氷が溶けないよう常に微量の授能を使用しなくてはならないが、この鬱屈とした混沌の悪夢においては極めて適正な処置とも言える。


「それとも僕にそこらに転がっているボロ切れでも巻いとけって言うのかい? それこそ傷口から菌が入って破傷風を起こしかねないと思うが……それに死ねば元に戻るさ、きっとね」


「………………は? 本当に大丈夫ですか? 死んじゃったら何もかも戻りませんよ?」


「おいおい、キミは……いや、なんでもない」


 ナルキスは言いかけた言葉を切り、手を顔の前で振った。


 この世界において()()()()()()()()()


 その事実を告げるべきではないと判断したからだ。

 いや、言ったとしてそれをシュシュ達が受け入れるかもわからないし、無駄な混乱を招く。もし、受け入れたとしても死を恐れぬあまり無謀な行動に出るかもしれない。ならば、告げるべきではない。

 死を恐れ、生に縋り、慎重に立ち回りながらも必死に動いてくれた方がナルキスとしても好都合だ。


「どうやら、そんなに悠長に話をしてる暇もなさそうだな」


 小石を踏み、ナルキスの靴が鳴る。

 先程の天使の悲鳴を聞きつけてやってきたのか、はたまた街中の人々を殺戮しきったのだろうか。窓の外、天使たちがこの時計台を取り囲むようこちらを覗いていた。

 相変わらずの張り付けたような無垢な笑顔で天使たちはこちらに理解できぬ言語を語りかけてくる。


「うくっ……ッ!!」


 堪らずシュシュたちは耳を押さえるもナルキスは1人、悠然と立ち、片眉を動かした。


「いいかい? キミたちは()()()()()。この悪夢を脱するには時を動かし、朝を呼び覚ますんだ」


 周囲に凍てつくような冷気が漂い、時計塔が凍りついていく。莫大な生命力を授能に変えてナルキスはこの時計塔全体を分厚い氷の壁で覆う気だ。


「時を動かせってまさか、時計を修理しろとでも言うつもりですか?」


「誰だキミは? 時間がないんだ、この悪夢を脱したいなら僕の言う通りに動け。というよりも、僕にもそれ以上のことはわからないよ。ただ、言われた通りの言葉を告げたままだからね」


 さすがにこの巨大な時計塔全体を氷で覆いきるには時間を要する。

 あまりの無茶にエドヴァルドが情けない声で問うが、ナルキスは小さく舌を打つ。この会話の間にも天使達が次々と内部に侵入してきているのだ。


「さぁ、早くしたまえ。さすがに僕もキミたちみたいなお荷物を抱えながらこの数を相手にするのは難しい」


 ナルキスのいつになく真剣な表情と僅かな焦燥を感じ取ったシュシュは2人の背を軽く押し、頷いた。


「本当に時計を動かすつもりかい!? そ、それなら機関室だ」


 幸運ながら機関室へと続く扉はシュシュたちの後方、ちょうど背中を向けていた位置にあった。

 3人はそこまで走り抜け、扉が閉まる最中にシュシュが大声で叫ぶ。


「ナルキスくん! 絶対死んじゃダメですからね!」


 どれだけ憎まれ口を叩こうが、ナルキスとてギルドの一員なのだ。

 しかし、ナルキスがその言葉に応えることもなく、扉が閉まった音を聞いて独り言のように呟く。


「死んじゃダメか……」


 その言葉を小馬鹿にするかのような嘲笑。すでにナルキスが一度死んだと知ったならば彼女は何と言うのだろうか。


「さて……僕は僕でやるべきことをしよう」


 近寄り来た天使の1人の頭部を切り落とし、ナルキスは首を鳴らす。


 この悪夢を終わらせる方法は一つではない。


 無論、シュシュたちに嘘を告げたわけではないが、方法が幾通りかあるのならば分担するに越したことはない。いや、むしろこちらの方がナルキス向きと言ってもいい。

 老人に告げられた言葉はこうだ。




『悪夢を終わらせたければ天界より来る使者と神を殲滅しろ。それが叶わぬのならば時を動かすことだ。朝日は彼らの嫌う最も偉大で神聖な物なのだから』




 次々と襲い来る天使たちを切り伏せながらナルキスは思い出す。迫り来る巨大な神の影にその身を溶け込ませながら。

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