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鐘の音

 無論、眼前に飛び込んできたのは衣服の乱れた両者である。


「あ……シュ、シュシュちゃんあのね、これは……」


「あ、ああ、ああああのこれはですね! 別に僕はその、そういった行為をしようとしていたわけではなくて……」


 際どいラインまでもう少し、今にも脱げ落ちそうな衣服。あられもない2人の格好にシュシュは赤面し、咳払いをする。


「そ、そういった事は……帰ってからゆっくりどうぞ!!」


 必死に張り上げた声は上擦り、視線が四方に散らばり定まらぬ様は見るからに男を知らぬうぶな少女そのものである。

 その一方でブレンダ、エドヴァルドの口ぶりもまごついている。死に別れた恋人ととの感動の再会に少しばかり感情が昂ってしまった、そうごにょごにょと言い訳をするが、人がすぐそこにいるというのに始めようとしてしまったのは事実だ。

 騒ぎ合いながらお互いに言い合いをする時間がしばらく流れ、とにかく一旦落ち着いて話をしようとそんなふうに自然な流れで話が纏まった。

 この世界が何なのか、外に彷徨い歩く怪物たちは、この世界を抜け出す方法は、全員が知る情報と考察を踏まえた上で話し合いが進むも答えは出ない。

 一向に解決の糸口が見えない中でやがて話題はエドヴァルドの事となった。


「う〜ん……せっかく2人が出会えたのにこうも脱出方法がわからないとどうしようもないですね。……あ、ところでエドヴァルドさんは何故、この時計塔に?」


「そんなの決まってるわ。私たちと同じように怪物たちから逃げて来たんでしょ……と言いたいところだけどあなたの場合違うわよね」


 さすが夫婦の絆か、その幸せな時間は短くはあったが、ブレンダは呆れ半分ではあるもののなんとなくエドヴァルドが何をしにここに来たのかを理解できてしまっている。

 頭を抱え、大きく長いため息を吐くブレンダを申し訳なさそうに見遣り、エドヴァルドはから笑いをした。


「えっと……僕はこの時計塔にその……絵を描きに来てるんだ」


「絵を描きに? あぁ、確かヴェルザーさんが見せてくれた絵もここで描いたようですね」


 こんな悪夢で絵を描くなんて何たるお気楽さか、とは言葉には出さず。


「うん、実はこの世界には生前にも何度か来てるんだ。確かにここは恐ろしい、でもそれと同等に神秘的で美しい世界でもあるんだよ」


「う〜ん、わたしにはそうは思えませんが……」


「美的感覚なんて物は人それぞれだからね。それとも僕の美的感覚が人とは少しズレてるのかもしれないな」


 あはは、と力のなく笑うとエドヴァルドはイーゼルに立てられたパレットに視線を向けた。その描きかけの絵には夜空から降り注ぐ流星と古都がある。昨日に見たあの絵と構図はほとんど同じだが、それには何か上手く言葉にできない迫力めいたものを感じる。

 神秘、壮大、恐怖、そして絶望。

 そこに恐怖を煽るような表現はないにも関わらず、シュシュは肌を粟立てる。


「この世界に来てから僕は幾度となくこの絵を完成させようと試みた。けれど星に目を奪われているうちに時は巻き戻り、また同じ一日が始まるんだ。無論、絵は描きかけのままに戻ってね」


 根っからの芸術家ということだろうか、エドヴァルドはその時、自身の身に何が起きたかなど知ろうともせず、毎日毎日繰り返される日々で記憶を頼りにこの絵の完成に尽力していたという。


「ねぇ、エド……悪いんだけどさ、何だかその絵、とても不気味だわ。まるで描いてはいけない物を描いてしまったかのような……そう、禁忌に触れた、そんな感じがしてならないの」


 その絵にただならぬ恐怖と不信感を感じていたのはシュシュだけではなかったらしい。眉根を下げてブレンダは不安そうに肩を抱いた。


「僕も最初はそう思ったさ。でもね、何度も何度もこの流星群を目にし、その自然が作り出した神秘を目にするうちに不思議とその感情は消え失せていったんだ。むしろ、今は流星群が来るのが待ち遠しくて堪らないよ」


「……エドヴァルドさん、この流星群は毎晩決まった時間に?」


 何かに取り憑かれたように虚な眼で流星群のことを話すエドヴァルドの言葉を遮ってシュシュが問う。


「あぁ、そうだね。きっとブレンダ達もあの流星群を自分の目で見れば考えが変わると思うよ」


 酷く疲れ切ったような笑顔を携えてエドヴァルドは窓の外に視線を移した。


「もうすぐさ。そう、もうすぐすればこの時計塔の鐘が鳴る。鐘の音が止まぬ間に毎晩、流星はこの街に降り注ぐ」


 ーー鐘が鳴る? 外から見た時にはこの時計塔の時計板は酷い損傷を受けていた。時刻に連動していない鐘なのか、もしくは誰かが鐘を鳴らしている? 何のために?

 

 シュシュの脳内に飛び交う疑問。


『ゴーーーン! ゴーーーン! ゴーーーン!』


 考えている間もなく、その鐘の音がシュシュ達の鼓膜を揺らし、その時を街中に告げ始めた。

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