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おやすみ


「……ふむ、どうやらキミは僕が思っているよりもずっと核心に近付いているらしい」


 極めて冷静にナルキスは剣の切っ先を男の喉元に当てがった。


「へっ……この剣はなんだ? 脅しのつもりか? 俺の話を聞いていたか? 殺したければ殺せ。……むしろこれで死ぬならどれだけの救いになるか」


「もう嘆きや恨み、脅しにはうんざりしているんだ。キミの知っていることを全て吐きたまえ。そうしたら僕がほんの少し、瞬きほどの束の間だろうが楽にしてやる」


「ほんの一瞬か……くくく……それもいい。ほんの少しでも全てを忘れられるならそれもな……」


「ほんの小さな疑問だが、キミはキミが言う()()()()()()()()()()はあるのかい? もしかすればそれがこの悪夢を脱する手段の1つかもしれない。無論、成功したとしてもそのまま永遠の眠りにつくことになるかもしれないがね」


 男は大きく息を呑んだ。その可能性に虚を疲れたのだろうう。

 ナルキスとてまさか交渉する相手の命を奪うことが交渉材料となる日が来るとは思いもしなかった。

 何か深く思案するようにナルキスを見つめていた男はやがてぽつりと言葉を紡いだ。


「きっともうすぐ、もうすぐだ。目が覚めて……大体このぐらいだ。このぐらいの時が流れた頃に毎夜毎夜破壊の饗宴が繰り広げられる。終わりはわからない。気付けばまたこの悪夢が繰り返されているからな」


「それは今しがた聞いたばかりだ。空から何か厄災が降ってくるのだろう? あの時計塔の惨状から察するに星が落ちてきた、そんなところか」


「星降りか……それなら有難い。実に愉快で壮麗じゃないか。だが、お前が思っているよりも真実は酷いものだ」


 男は愛おしそうに突きつけられた剣の刀身を指でなぞり、ほくそ笑む。


「……悪魔だ。空から悪魔が降りてくる。抗いようもなく強大で、救いもないくらい巨大な悪魔が天使を引き連れて」


「悪魔と天使? やけに壮大で胡散臭い話だね」


 そう茶化しはするもののそれが嘘偽りではないことなど男の目を見ればわかっていた。


「決して奴らと戦おうなどと考えるな。どうせ苦しむだけ苦しみ、幾度とない死の恐怖と痛みを味わって死ぬだけなのだからな。抵抗をするな。少しでも狂わず、自分の理性が保てるようにと神に祈っていればいい」


 男はそのまま目を瞑る。彼ももう限界なのであろう。


「後は後ろの亡霊にでも聞いてくれ。一方通行の会話だが、懇切丁寧にこの悪夢から脱する術を教えてくれる。俺にはもうそれを実行するだけの力も気力も残っていない……お前もどうせすぐにこうなるさ」


 言われ、ナルキスは振り向く。

 音もさせず、目の当たりにしながらも気配さえも感じずにそこには修道着を着た老人がこちらを覇気のない瞳で見つめ、佇んでいた。その服は先刻、死闘を繰り広げたマーシュが着ていた物に酷似している。装飾などの飾りが多いことから察するにマーシュよりも位の高い聖職者であることは間違いない。


「……助かった、キミが少しでも永く眠れるよう祈ってるよ」


 ナルキスの剣が男の喉元に吸い込まれていく。

 噴き出す血の飛沫を正面に受け、赤く染まっていくナルキス。




「……おやすみ」




 苦痛に耐えながら羨望する死への激痛を耐えていた男の顔が次第に和らいでいく。彼は悪夢の中でどんな夢を見ているのだろうか。

 男が完全に息を引き取るまでの時間、せめてもの情けにとナルキスはその死に逝く様からひと時足りとも目を離そうとはしなかった。










 シュシュが部屋の外に追いやられて数十分。

 扉を背にして膝を抱え込み、座り込んでいたシュシュは顔を真っ赤に染め上げて足をバタつかせた。

 初めの内はよかった。他愛のない会話に感極まったブレンダの啜り泣く声。時折、聴こえてくる艶かしい濃厚なキスと吐息を除けば交際関係に疎いシュシュとてなんとか我慢ができた。

 キスなんかは一度だけ祖母に連れて行ってもらった演劇で見た(その後、祖母と気まずい空気が流れたのは別の話として)ことはあるし、男女の関係ともなれば何をするのかぐらいは理解している。


 そう、キスの後なのだ。


 静まり返ったこの場所で漏れ聞こえてくる衣擦れの音に艶やかな吐息混じりの声。今、まさに背を預けた扉一枚の先で()()()がおっ始められようとしている気配をビンビンに感じている。


 止めに入るべきだろか。


 いやしかし、愛する恋人同士、そのまぐわいを邪魔するのは野暮ではないだろうか。ならば、その如何わしい真夜中のパーティが終わるのをこの薄い壁越しに待てと言うのか。この場を離れ、事が済むのを待つこともできるかもしれない。でも、その……パーティ、パーティの最中に敵襲があったとしたら……。


「ダメ……ヴェルザーさんに顔向ができないし、何より絶対ナルキスくんにネチネチと嫌味を言われるに決まってます」


 シュシュが壁の向こうにいる、そんなことも忘れてしまったのか次第に大きくなっていく吐息と物音。これ以上事が進んでしまっては何か大切なモノを失ってしまう気がする。

 嫌な汗をかいた手を固く結んで立ち上がるとシュシュは勢いのまま扉を押し開けた。

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