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来たる厄災

 そしてナルキスの周囲を漂っていた複数の薔薇たちがマーシュ目掛けて飛び出した。

 怒りに打ち震えながらも動揺するマーシュに刺さったソレらはマーシュの身体能力を持ってすれば避けることは容易い。万全の状態ならほぼ確実にその薔薇の根が彼の身体に届くことはなかっただろう。


「あぁ……神よ……我が身体に溶け込みたもうた神よ……」


 次々に砕け、枯れていく薔薇。

 もはやマーシュは怒りさえも忘れ捨て、ただただ神に祈ることを取った。

 異形の形態へと変貌した彼が神に祈る様はなかなかどうして堂に入っているようにも見え、さながらさすが聖職者と言ったところか。止むことなく、薔薇を突き刺し、砕くという行為を流れ作業気味に行うナルキスは人知れず感嘆の息を漏らした。


「……キミの最期はとても皮肉にも美しかった。僕はそう思ったよ」


 全身に無数の薔薇を咲かせ、体内に巡るほぼ全ての体液を散らしたマーシュに原型はなく。骨に皮を貼り付けただけのような姿となったその首をナルキスは静かに斬り落とした。

 冷たげな地面を転がるマーシュの首。そんな姿になりながらもその口元が小さく動く。果たして何を呟いたのか、呪いかはたまた祈りの言葉か。切り離された頭部を凍結し、踏み砕いた今やその真意を問うことはできない。

 足元に捨て置かれていた燭台、道中マーシュが持っていたそれで遺された彼の遺体に火をつけて燃えゆく様を身守る。ようやくこれで彼は救いという呪いから解放されることができたのだろうか。

 不意にナルキスの口から小さな息が漏れた。

 疲労や安堵もあるだろうが、憐れみの色が強い。この結末を迎える短い時間でナルキスなりの慈悲の心が芽生えたのか。心情を一人語りするわけもなく、ナルキスのみがそのため息の意味を知ることは言うまでもない。




「ひひっ、これで終わったとでも思っているのか? これで夢から覚めるとでも思っているのか? おめでたいやつだ」




 勝利の余韻、命の鼓動を聞きながら束の間の休息に聞こえてきたのは弱々しい冷罵の声であった。

 その弱々しく、世捨て人の如く皮肉でいてど投げやりな声の先にいたのは中年の男。背中を石の柱に預け、逞しく鍛え上げられた身体とは裏腹に覇気はなく、今にも息絶えてしまいそうだと感じた。


「終わらない、その可能性は想定の範囲内だ」


 投げつけられた嫌味にもナルキスは顔色ひとつ変えることなく淡々と返す。

 男に歩み寄る最中、ナルキスはそのどこか見覚えのある風貌を思い出した。




 グェン同盟の男だ。




 ギルティアを住んでいれば上級ギルドの団員を目にすることは珍しくない。中でもグェンと言えば元より悪評の多い集団だ。確か、無断出店した屋台に管を巻いて横暴な物言いをしていた何人かにこんな奴がいたのを見た記憶がある。お気に入りのあの水辺近くで人だかりができていた時のことだ。

 それだけではない。グェン同盟の団員たちが付ける悪趣味な指輪がこの男に付いているのを見るとそれは間違いないと言えるだろう。

 

 グェンはドルトニス家を見捨てたわけじゃなかった。


 いや、結果的にこの男が悪夢に飲み込まれただけかもしれないが、団員の誰かがこの男に起きた異変、眠りから目を覚さないことに気づかないはずがない。加えて悪夢に飲み込まれる条件はあの娘にはない。あの娘が書き記した日記、それにこそ原因があるはずだ。


 グェンは依頼を半信半疑ながら受け、あの部屋に訪れたのだ。


 そんなことヴェルザーは一言も言わなかった。いや、あの部屋に訪れたか、それは問うていない。ヴェルザーからすれば解決しなかったのだから言うまでのことではなかったのかもしれない。

 何にせよ、グェンは依頼拒否をしたのではなく、この男に起きた異変を目にし、手をひいたと言うことだ。

 しかし、商人と野盗の寄せ集め、いくら一枚岩ではないと噂聞くが団員の命を見捨てるとはさすがにこの男への哀れみを隠しきれない。


「何故、俺たち異邦者があの聖職者の元に集まるかわかるか? 救われるんだよ、ほんの少しの時間だがな」


 ナルキスが目の前に立ったことを確認し、男は口元をにやりと歪めた。


「お前も気付いたはずだ。体験したはずだ。この夢で俺たち、外の世界からここに迷い込んだ異邦者たちは死ぬことはできない。……だがな、あの聖職者、あいつだけは別なんだ。アイツに殺されればまた最初、夢の始まりに戻れる。この永遠と続く悪夢において束の間の休息さ。全てがリセットされるまで全てを忘れ、眠ることができる」


「夢で眠るか、不思議なことを言うじゃないか。それで? キミはまるで全てを知っている、そんな口振りだね。知っていることを教えてくれないかい? あの聖職者の怪物化以外にも何かが起こる、そう言っているように僕には聞こえるが」


 小馬鹿にしたようなこもった笑い声を男が漏らす。


「アイツを殺すのはそう難しいことではない。ここに来る道中にも、現れる場所で待ち伏せてもいい。殺す隙はいくらでもある。問題はその先、これからさ」


 男は天井を指差した。


「空だ。空から厄災が来る。抗う術もなく、生きる気力を失うような厄災が無惨に俺らを蹂躙する。焦ることはない、どうせ何もできやしない。お前があの聖職者を殺したせいで俺は僅かに許された休息さえも取ることができないんだ。ここで静かに殺され、戻されるのを待つさ」

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