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幸運


「まずいまずいまずいまずいまずいまずいッ!!」


「アホッ! ばかぁ! だから言ったじゃないですかぁ!!」


 限りなく人型に近い異形の怪物たちに追われるシュシュらは瓦礫を蹴飛ばし、砂煙を上げて街中を逃げ回っていた。

 背を追う怪物たちは数十人。聞き慣れぬ言語を叫びながら追ってくる怪物たちを振り切れずにいる。

 その原因としては明確。シュシュに出会い、他愛もない雑談をしたことによってすっぽりと緊張感が抜け落ちてしまったブレンダの一言がこの事態を招いてしまった。


『歌でも歌って歩かない?』


 怖さを紛らわす為に思い付いた提案だったのであろう。だが、この世界においては明らかに愚かな発言。

 当然、シュシュも最初こそ首を縦に振るはおろか、正気か、この人などといった怪訝な顔をしてその提案を受けるつもりはなかった。

 だが、このいつ襲われるかわからない緊迫した状況下にシュシュよりもずっと長く身を置いて来たブレンダは許可を得ることもせず、到頭1人気ままに歌い出してしまったのだ。

 ブレンダの歌が怪物たちを呼び寄せる、そう危惧したシュシュは慌ててそれを止めようと試みたが、


『あ、陽気な小人の晩餐会ですか?』


幼少期より聴き馴染みのあった童謡に耳を奪われ、終いにはご機嫌に合唱。悪夢の世界一、馬鹿で能天気な合唱団が誕生していた。

 それでも2人の声を聞きつけて集まったのはせいぜい、2、3人。シュシュ一行が大所帯を引き連れて走り、逃げ惑うことになったのは冷静さを欠いて発した金切声にも似た悲鳴である。


「なッ! シュシュちゃんだってノリノリだったじゃないッ!!」


「そんなことないです! わたしは最初からやめてくださいって言いましたよね!?」


「嘘! 絶対嘘! やめてくださいとは言いつつ、結局2人で歌って踊って、手なんかも繋いじゃったりしてたよ!!」


 無論、それで自分らを見つけるな、などと言うのは無理な話で、2人はしばらくお互いを罵り、責め合いながら息を切らして走り続けている、というのが現在だ。


「う〜〜仕方ありません! ブレンダさんへのお説教は後にすることにします」


「はぁ!? なんでなんで? これは連帯責任じゃない! 私1人が悪いわけじゃないでしょ!?」


「いいからっ! ブレンダさんは前を向いて走ってください。いいですか、絶対に何が起こっても振り返ったらダメですよ!!」


 流石にこの全力疾走にも体力の限界が来た。怪物の体力がどれほどのものかは知る由もないが、このまま逃げていてもいい結果が待っているとは思えない。


「このまま走れ? 意味わからない意味わからない意味わからない!!」


 確かに発端が自分だが、全ての責任をなすりつけてくるのはあまりに横暴だ。そう苛立つブレンダに忠告をしたシュシュは右手を後方に伸ばし、ギュッと目を瞑った。




「意外にわたしの魔法も捨てたもんじゃないですね」




 アウレアから譲り受けた魔具。シュシュが右手にはめるその古びた革製の手袋は放たれた魔法の少しだけを任意で保存、放出することができる。

 普段から護身用として身に付けている手袋だが、今の所、シュシュに向けて明確な敵意と殺意を持ち魔法攻撃をしてくる難敵とは出会っていない。故に、物は試しと自分が唯一使える魔法、娯楽魔法とも呼ばれる

『祝福の花弁』を保存して置いたわけだが、それが功を奏した。

 紙吹雪が舞い落ちるまでの過程、手から放たれた光球は眩い強烈な光を放つ。

 主に視覚が発達したらしい、それも灯りと言えば夜空に浮かぶ赤い月と手に持つ松明ぐらいしかないこの鬱屈とした世界では期待以上の効果をもたらした。


「縺?℃縺?ャ??シ」


 逃げ惑うばかりであった獲物が報いた一矢。目が潰れるような強烈な輝きが怪物たちの足を止め、混乱させる。闇雲に手に持った松明や斧を振り回す者もいた。


「えっ? えっ? なに? 何なの今のピカって!」


 不満を持ちながらも言われた通り、前だけを見て走り続けていたブレンダは事態が読み込めずに困惑。一方、シュシュの方は呪文を詠唱している時間もないことから無駄にはできない一発。敵集団の目視をしたことが仇となり、歩くことのままならない程ではないが相応の被害を受けていた。


「ちょっと、シュシュちゃん!? 大丈夫なの?」


「も、問題ありません。このまま走って敵を撒きましょう」


 明滅する視界、眩む目を擦りながらシュシュは気丈に振る舞うが、とてもこの荒れた街を転ばずに走り抜けられるとは思えない。

 悩んだ末にブレンダはどこか身を潜めつつもシュシュの視界が戻るまでの時間、敵をやり過ごせる場所を探す為、周囲を見渡し、気付く。


「シュシュちゃん、こっちに!」


 ぼやける視界、手を引かれるがままによろよろと歩いた。

 やがて何か重々しい音が聞こえるとシュシュの頬を冷たい空気が撫でた。


「ブレンダさん、ここは……?」


 分厚く、重い扉を体重を乗せて閉じ、鉄製の閂で鍵をするとブレンダは安堵したように一息。


「シュシュちゃん、私たちすっごくついてるわ」


「へ?」


「知らず知らずの内に辿り着いたみたいなの。街の中心部、聳え立つ時計台まで偶然にも」


 子供の頃より妙に運が良かったシュシュ。その強運がまたもシュシュの味方をしたのだ。

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