表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
151/231

血塗れた聖職者

 時計塔の時間が示すのは2時14分。時を刻む職務を全うすることなく、息絶えたソレ。

 この悪夢において時間はさほど意味をなさないものだろうが、ナルキスは背を向け歩きながらもその意味を考える。

 酷く損傷した盤面、辛うじて読み取ることはできるが、そこに至った理由とは。情報が少なすぎる。答えに辿り着くはずもない。

 作業的に道すがらの怪物たちを冷酷に処理しながらもナルキスの頭から時計塔の謎が離れることはなかった。

 今から道を引き返してやはり時計塔に向かうべきだろうか。そう考えた矢先に人の塊りと出会う。白い修道服に身を包んだ青年と取り囲む人々。年齢性別はバラバラで中には子供抱いた母親の姿もある。まごう事なき人間だ。


「あぁ……あぁ……マーシュ様……どうか私たちに救いの手を……」


「神への忠誠はこの胸に……どうか私たちに……」


「マーシュ様……マーシュ様はそこにいるのですよね。早く私たちを救ってください。頭が……頭が重いんだ……鉛のように……重いんだ……」


「聞こえますか? ……すぐそこです。すぐそこにすぐそこまで……あぁ、気持ち悪い……」


 痩せ細った老婆、盲目の男、泣きじゃくる赤子を抱く母。マーシュと呼ばれている修道士は悲しげな瞳を揺らし、自信を取り囲む人々を見渡すと物憂げに腰に据えた銀の剣を引き抜いた。


「……神は全てを救います……」


 そして首をもたげ、膝をつく人々の首を切り落としていった。真っ白な修道服が返り血で赤黒く染まるほど躊躇なく、次々と。


「…………貴方もですか異邦の人よ」


 石畳に真っ赤な色をつけ、流れた血がナルキスの足元まで伝い来た時、マーシュという青年はゆっくりとこちらに振り向いた。

 星空のように煌びやかな銀髪が映える端正な顔立ちをした青年だった。だが、まさしく神の使いらしいその風貌も血に塗れた今や狂気さの方が勝る。


「キミに首を刎ねられに来たのかってことかい?」


 ナルキスは軽く肩をすくめて片眉を下げる。


「冗談はよしてくれたまえ。僕が自ら人に介錯を頼むような無様な死に方を選ぶと思うかい?」


 そう言いつつ、ナルキスは剣を引き抜き、マーシュにその切先を突きつけた。


「だが、どうしても僕の首が欲しいと言うならば逆にキミの首を刎ねてあげよう。キミが言うには死によって神からの救いが得られるのだろう? 聖職者らしいキミにはむしろ喜ばしいことなんじゃないかい?」


 挑発めいたナルキスの態度であったが、マーシュは激昂するはおろか、むしろ安堵したように息を吐き、剣を納めてしまった。

 この悪夢において油断は禁物。いつ相手が不意をついてくるかはわからない。そのことは先刻、身をもって学んだ。

 明らかに敵意ないマーシュだが、ナルキスが構えた剣を納刀することはなかった。


「血に狂ったなれ果て、そんな風に見える貴方がまだ、正気を保っているとは思いませんでした」


 警戒を解かぬナルキスを察してか、マーシュは毒気ない柔和な笑みを浮かべ、手を差し伸べながら歩み寄ってくる。


「血に狂った? 僕にはキミこそその言葉がお似合いだと思うが?」


「ははは、確かに。側からみればそう見えるかもしれない。ですが、私は正常です。そう警戒しないでください」


 喉に剣の切先が当たる寸前の所で立ち止まり、マーシュは握手を求める。


「無抵抗の人間の首を刎ねる奴が正常だとでも言うつもりかい?」


「あぁ……誤解をされているようなので1つ質問をしますが」


 伸ばした手はそのままにマーシュは困ったように頬をかいた。


「貴方はここに来るまでに人ならざる者に出会したりはしませんでしたか? 彼らは皆、そうなりかけた、神に赦されなかった人々なのです」


「キミは見ただけでそれがわかるとでも言うのかい?」


「この街で起きた事と彼らの症状、私も一応は聖職者の端くれです。それぐらいはわかります」


「根拠になってないね」


「…………どうしても信じられないのであれば」


 マーシュは気が重そうに唇を動かし、背後に転がる死体の山に視線を向けた。




「彼の頭を切り、脳を見てみてください」




 言われるがまま、ナルキスは一番手近にあった生首の頭を躊躇なく切り裂き、中を覗く。

 そこにはあの怪物たちと同様、脳に点在する光のない無数の瞳が虚空を見据えていた。

 視線は合わない。それはこの死体が完全に亡骸と化したことを現しているのだろうか。そして先刻、この目で見た怪物たちの脳と明らかに違うのは無数の瞳のいくつかはまだ、目としての形を模ってはおらず、歪んだ窪みのように見えた。


「これで信じてもらえたでしょうか? 私がこの手を汚し、人々を殺めていたのは認めます。だが、それは人ならざる者に怯える信徒を救うために行ったこと。決して気が狂ったわけでも、衝動的なものでも、ましてや欲求を満たす為ではありません」


 未だ、差し伸べたままの手には応じず、ナルキスはようやく剣を納めた。

 完全に信用したわけではない。だが、話をするに値する、そう思っただけ。何故ならば、マーシュはこの悪夢を知る唯一の情報源となり得るからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ