噛み合わぬ選択
戦闘を終えてナルキスは確かな違和感を感じていた。
授能をどれだけ使おうと身体に負担がない。
ナルキスの授能はシュシュのように血液など体内の物を力に変換するようなものではない。原動力は自身の生命力。字の通り、命を使って授能を扱っている。
この授能との付き合いは長い。いや、この地に生を宿してからずっと。授能の使用限界値ならば負担を感じずとも感覚的に覚えている。
だが、このギルティアに来てからというものどうもおかしい。
今までの授能使用の限界値を凌駕しているのだ。
これだけ聞けば前向きな、むしろ好都合とも言える状況なのだろうが、現状ではその感覚的な限界値が不明なことがナルキスを追い詰めていた。
いったいどれほど授能を使えば自分は再起不能になるのだろうか。
突如として訪れた能力の向上。片田舎に追いやられ、悠長に過ごしてきた環境の激変が自らのポテンシャルを高めたのか、理由は謎だ。
この悪夢を脱出できたとしても授能の使い過ぎで肉体が朽ち果てていたという事態は避けたい。ならば、授能を使わずこの窮地を乗り切ろうか。いや、そこらを適当に歩いていた怪物如きに油断していたとはいえ、命を奪われる始末だ。死ぬことに問題はないと言えども本当に次があるのかは疑わしい。もしかしたらこの一度限りということもあり得る。不確定な情報、リスクはできるだけ避けるべきだ。
「縺?◆縺橸シ∫焚驍ヲ閠?□?」
「逾槭↓謐ァ縺偵m?∫・槭↓謐ァ縺偵m?」
荒廃した街を歩く最中、またもナルキスは人間を模した異形の怪物たちと出会す。
「やれやれ、ここでは現状を整理する時間も与えてくれないのかい?」
迫る怪物2匹を素早く斬り払い、地面に滑り落ちた上半身の頭を立て続けに刺突。それでも絶命することのない肉塊であったが、その内の1匹は見る見るうちに氷塊となって機能を停止した。
依然として残りの1匹は手足を暴れさせ、踠き続けるが、仕留め損なったわけではない。ある種の実験を試みたのだ。
「極力、授能を使わない方向性でいくとして僕の剣術がどこまでキミたちに通用するのか確認する必要がある。キミたちの脅威的な再生能力を鑑みて今までは氷漬けにして保険を打っておいたが、いったいキミらはどのぐらいで再生する?」
半身となりながらもトドメを刺されることなく観察される。それがどれだけ残酷な、悪魔的所業かは言うまでもない。
身に迫る触手を斬り刻みながらナルキスはじっとその時を待った。が、それも呆気なく怪物は時が経つにつれて風船が萎んでいくようにゆっくりと弱りだし、やがてピクリとも動かなくなってしまった。
「…………なるほど。どうやら僕はとんだ勘違いをしていたみたいだ」
転がる怪物を見下してナルキスは自嘲気味に前髪を払った。
「再生能力があるわけではない。僕が死んだから周囲の時が戻ったんだ」
あの大階段、時が戻った時にナルキスは周辺の状況変化がないことから勝手に自分だけの時が戻ったと錯覚した。だが、それは間違いでどうやら自分の周囲の時が戻るらしい。ならば、あの頭を飛ばした怪物が元通りになっていたのも説明がつく。
しかし、その時が戻される範囲は如何程か。
あの老人が消えたままだったと言うことはそれ程範囲は広くないはず。ただ、もしもあの老人の存在がナルキスの見た幻覚の類であったならば、この悪夢全体で時が戻されていてもおかしくない。
この悪夢にはシュシュもきっと来ているはず。彼女が死ねば、いくら前に進もうと時が戻されてしまい時間だけが浪費される可能性もある。
「……まぁ、再生能力がないのならば僕にとって時が戻されることはそれほど脅威ではない。それにシュシュくんは運だけはいいからね。もしかしたら一度も敵と出会わずに、なんてことがあるかもしれない」
一度、命を落とした身でありながら最早、その記憶が抜け落ちてしまったかのように恭しく優雅に髪を揺らし、微笑を浮かべる。
「何にせよ、まずは目的地だ。実しやかなには信じられないが、あの老人は言っていたな。『絶望は天高く、神は地下深く』だったか」
ナルキスは街の中央に聳える時の止まった時計塔とその反対に佇む聖堂らしき建物を見比べた後、
「ふむ、あの聖堂には恐らく地下への入り口かなんかがあるんだろうね。別に神に縋りつくつもりはないが、この滅びた街で救いの手を差し伸べるわけでもなく、呑気に眺めているだけの神の顔を拝みに行くというのも悪くないじゃないか」
聖堂への進行を選択した。