決意の父
「ここに来ようと決めた時から覚悟はできています。何も闇雲に依頼に来たわけではありません。協会に相談し、悩みに悩み、その末に最も信頼できるであろうと考えたギルドに私は頼ることを決めたのですから」
色々、依頼を解決したことによってどうやら『あげたてメンチカツ』の名はそれなりの名声を獲得しているらしいかった。でなければ、なにかと贔屓目に見てくれているテレサがいるとは言え、こんなギルティアでも有数の富豪がここを訪ねてくることはないはずだ。
「一度、傘下に入った以上、簡単に事が済むとは思わない事だ。相応の罰を与えられるか、もしかしたら家ごと潰されるかもしれない」
「そうならない為にギルドがあるのではないでしょうか? 次に身を寄せるギルドもきっと死力を尽くしてそれを阻止してくれると私は信じています」
つまりそれは資金援助をする代わり、露払いは任せた、そういう意味と取れる。それも怒り狂った上級ギルド、グェン同盟を。
「……なるほど。キミがどうして現在もその家名を繁栄させ続けているのか少しだけ理解できたよ」
ヴェルザーは根っからの商人である。交渉事においてはただでは引き下がらないらしい。
「す、すみません! お気を悪くしてしまったのなら謝ります。どうもいけませんね、これが職業病というものでしょうか」
「いや、構わない。無論、想定内だ。むしろ、何も考えずに2つ返事で了承するような輩よりずっと信用できるよ」
「で、では私の依頼を、娘を救ってくださるという事でよろしいのでしょうか? あなた方が娘を起こしてくれた暁にはすぐにでもグェンを抜けーー」
「待て」
身を乗り出し、悲哀とは打って変わって歓喜に目を潤ませたヴェルザーであったが、ナルキスの短い言葉がそれを思いとどまらせる。
「えーと……ナルキスくんはまだ難癖つけて断るつもりですか? かわいそうじゃないですか! 見てくださいおじさんの顔! 雨に打たれた子犬みたいに情けなくも悲しい顔になっちゃってますよぉ!」
「違う、依頼は受けるさ」
「ほ、本当ですか!?」
感極まったヴェルザーにより力強く握られた手を鬱陶しそうにナルキス払う。
「だが、グェン傘下を抜けるのは少し待ってくれ」
「……は? もしかしてナルキスくん……グェン同盟の手先……!?」
「違う、キミは黙っていてくれ。喋る度に茶々を入れられては話が進まないじゃないか」
言われてシュシュはナルキスを鋭く睨みつけながら頬をこれでもかと膨らませた。
「い、いや、私は構いません。ですが、そちらはよろしいんですか?」
「あぁ、むしろそれが良い」
「は、はぁ……」
「考えてみたまえ。僕がその依頼を瞬く間に達成して明日にはキミがグェンを抜けたとする。その結果、どうなるかわからないわけでもあるまい」
「はい、きっとグェン同盟は私たちドルトニス家だけでなく、こちらのギルドにも何かしらの報復に来るかと」
「そうだ。先程から話に出ている通り、激昂したグェン同盟は僕たちを潰しに来るだろうね。それもそうだ。王位争奪戦の終結まで残り1年と半分程、少しでも軍備を整えたいあちらにとってはキミたちのような支援者がいなくなるのは相当な痛手になる」
「けれどそれもあなたには想定の範囲内なはずですよね?」
「勿論だ。相手の資金源の1つを奪っておいて何もお咎めないと考えるほど楽観的思考は持ち合わせてないよ」
「で、では……」
困惑するヴェルザーから視線を外し、ナルキスはチラリと嫌味っぽくため息をついた。かと思えば、その落とされた視線は流れるようにシュシュの方へ。
「ここにいる能天気でアホで醜い女のせいでギルドメンバーの過半数が不在の状況だ。言わずもがな、我が主、ユウ様は戦闘に加えるつもりはないが、さすがの僕も所在が別の仲間を守りながらグェンの大群を相手取るには厳しい。尚且つ、戦力と言えるのが僕以外にこの女となるとね。キミらなんかを護ってやれる余裕もないだろう」
ナルキスにはどんな強者にも負けない自負があった。しかし、それは自身の強さを過信しているわけではない。
相手が堂々と1対1の勝負を持ちかけてくるのであれば話は別だが、騎士道精神から大きくかけ離れたグェン同盟はそんな悠長な手段は取らないだろう。
圧倒的な数の暴力。
ナルキスが逆の立場であってもその手段をとる。
強者という自負があるからこそ、ナルキスは理解していたのだ。戦局を見誤り、無謀な戦いを受けるなど死にに行くようなものだと。
「だから、そうだな……1ヶ月。この依頼を無事に遂げてからそれぐらいは間を置いて欲しい。あまりに遅すぎると王位争奪戦の決着も間近、僕たちのギルド傘下に入るまでにキミたちが殺されてしまうかもしれないし、早過ぎればこちらの準備が整わない。当然、どのタイミングにしたってグェンを抜けると言ってもそう簡単にヤツらが手放すとは考えにくい。だが、ヤツらが何かと協会に目をつけられている今の内に抜けることは最良とは言わないが間違いではないはずだ。1年を切れば形振り構っていられないだろうし、元々が野盗の集まりだ。手段を選ばない可能性も考えられる」
そこまでナルキスは言うと一呼吸置き、
「だからと言ってキミたちの安全が絶対に保証されるわけでもないがね」
そう付け加えた。
「もしも、キミにそれほどの覚悟があり、どうしても娘を救いたいと言うのであれば、僕が手を貸してやろう。……どうだい?」
ヴェルザーの唾を大きく飲み込む音が響く。
「……娘が助かるのであれば私はどんなことでもするつもりです」
数秒の間を置いて、ヴェルザーの力強く、深い決意の込められた言葉がナルキスに返った。