仲間を思う
舌の回らなくなったフランクはやがて目で螺旋を描き、そのまま仰向けに倒れ込むとやがて動かなくなった。きっと死んではいない。ピクピクと痙攣するフランクを見てユウはそう願った。
「まぁまぁ、ほら、シュシュはともかくさ、あたしのおかげで何とかなったわけで、こうしてみんな無事だったわけだしよくね?」
いつからそこにいたのだろうか。協会医師への状況説明と近くの果物屋で買ったフルーツ盛り残してその場を後にしたはずのクララは得意げに鼻の頭をかいた。話の内容を理解していることから少し前にはそこにいたのであろう。
しかし、顔無し撃退の大活躍と最愛の人を救ったはずのクララにもナルキスは極めて冷淡な視線を侮蔑するように向けた。
「そこの頭の弱そうな医者もどき、お前も褒められたものではないぞ。恥を知りたまえ」
人伝ではあるが、クララの活躍を耳にし、ユウやフランク、ナルキスは興味も示さないが、アウレアが一命を取り止めたのも彼女がいたからこそに違いない。
それもナルキスには関係ない。
その苛立ちと嫌味は到頭、クララにまで飛び火した。
「キミはさぞ誇らしげに思っているだろうが、三流の殺し屋如き返り討ちにして当たり前だし、キミの処置が適切だったとは甚だ疑問だね。本当に適切なら、ユウ様がこんな痛ましい姿で床に伏せるなどなかったはずだ。もし、キミが本当に医者を目指しているならば今すぐ諦めるべきだ。キミに人命を救う才はない。今回はたまたま運が良かっただけで、いずれ人を救えずキミは胸を痛めることになるだろう。気を悪くするなよ、僕なりに思いやって言ってやってるんだ」
クララによって投げられた赤紫の果実を首だけ傾げるようにして容易く避けて、ナルキスは心底不機嫌そうに息を吐く。
「シュシュくんの幼馴染と聞いたが、やはりキミもそうか。野蛮で自己顕示欲の強く、醜い」
「……あ?」
凄まじい顔である。怒りの剣幕、ナンパで声をかけた相手ぐらいならたたらを踏んで逃げ出してしまいそうな圧がクララの顔にあった。
だが、相手はナルキスだ。彼に威圧や恫喝などどこ吹く風、涼しい顔で恭しく首を振る。
「ナルキス……そろそろよしたれや。このケガもフランクたちが傷ついたのも血桜が奪われたのも全部ワシのせいじゃ。ワシがもっと強ければこんなことにはならんかったじゃろう」
「……僕がいればこんなことにはならなかった」
この言葉こそナルキスの本心なのであろう。
呟くように言われたその言葉を残してナルキスは部屋を出ていく。その背中にユウは微笑み、『ありがとう』と感謝の言葉を告げて見送った。
「……なんでありがとうなんて言うんですかぁ? すごい酷いこと言われたんですよ? あの生意気で人を見下したような目でつらつらと嫌味を言われたんですよ? ユウちゃんは私が可哀想だとは思わないんですか?」
「それな。初対面のアタシにまで噛み付いて来たんですけど? いやマジ、初見カッコいいじゃんとか密かに浮ついてた自分にグーパン入れてやりたいわ」
「……え? くぅちゃん、あんなのが好きなんですか? …………医者になれたらまず自分の目と脳みそを治療した方がいいですよ?」
「そう悪く言うたるなや」
また新たに取っ組み合いのケンカが始まりそうになった時、ユウは僅かに微笑みながらそう言う。
「口は悪いがのぅ、ナルキスのやつそうとう責任を感じとるみたいじゃぞ」
「責任? まさか。あんなの私たちに嫌味を言いたいだけの口実みたいなもんじゃないですか」
「ふぅ〜〜……シュシュ、お前はもうちょいナルキスのことを理解したれや。ワシらは1日やそこらの付き合いじゃないじゃろう」
宥めるような咎めるような呆れたような、そんな微妙な顔である。
「お前たちに言った嫌味、あれは全部自分に言っているようなもんじゃろうな。あいつはあいつでその戦いの場にいなかったことを酷く悔いておるはずじゃ。自分だったら、自分がいれば、そう仕切りに呟いておったのも全てあいつなりに自分を責めておったのじゃとワシは思う」
「え〜……確かにそれはそうかもしれないですけどそれはユウちゃんを守れなかったっていうことに対してですし、私には『僕だったらもっと上手くやれたもんね、ふふん』て言う風にしか聞こえません」
「わかっとらんのぅ、シュシュ。お前は一度、あいつに一日中付き添ってみぃ」
「嫌です。考えただけでも頭が痛くなります」
吐き気を催したように舌を出し、苦い表情を浮かべるシュシュ。ユウはそのまま視線を外してそっと病室の扉を見遣ると、
「あいつほど仲間思いのやつはおらんぞ」
そう嬉しそうに笑った。