秘匿
「ケガ人の内、1名はギルド所属をしていない一般人。急拵えの法とは言え、一般人に我々、ギルド所属者が手を出してはいけない、そんな法があったと思いますがリュゼ殿は覚えていますかな?」
「……あぁ」
「ほう……知っていながらそれを貴方たちフェーシエルは法に背く行動を起こした。ふむ、如何なものですかね? 上級ギルドという皆の目標になるべく者が自らが律した法を犯すと言うのは」
「あぁ〜、グェンさん? 俺みたいなヤツが言うのもアレだけどよ。おたくの所、そんなの日常的にやっちゃってるじゃないの? ほら、ちょっと前におたくのベラムくんが色々とさ」
悪評の多いグェン同盟。その長たるお前がどの口で言う、そんなニュアンスを含んだロビンの突っ込みにグェンは大きく手を広げ、応える。
「アレは私が指示を出したわけではない。だが、リュゼ殿のようにシラを切り、誤魔化すようなことはしなかったはずだ。私は多額の税を納めるという罰金を自ら進んで受けたばかりか、ベラムにはしっかり拘留処分も受けさせた。誠心誠意、責任を受け止め、反省の意志を見せたつもりだがね」
「一つ聞いてもいいか、グェン」
葉巻を吸い終えたリュゼが足を組み直し、不敵に笑った。
「その顔の爛れた男と我がフェーシエルの関係性を示す証拠はあるのか?」
グェンは小さく首を振る。
目撃証言はあったが、それが真実であり、尚且つフェーシエルの手駒であったと言う物的証拠は皆無だからだ。
「だが、顔の焼け爛れた男なんて者はそこら中にごろごろといるはずもない。それも時間は早朝だ。見間違いはあり得ないと思うが」
「いや、私はただその顔の爛れた男が我がギルドに所属、または関与していた物的証拠があるのか、と聞いただけだ。その目撃証言の真偽を図るつもりはない」
そう言ってリュゼは足元から木箱を取り、机に中身を転がす。中から飛び出したそれは重い音をさせ、ごろごろと机上を転がるとやがてロビンの前に静止した。
「あ〜……エグいよね、おたくって本当に」
机上に、まるでガラクタを放るように転がされたのは紛うことない顔なしの生首だ。切断面からはまだ固まりきらぬ血が滴っており、穏やかとは言い難い表情。まるで絶望を突きつけられた末に切り落とされたように開いたまま塞がらぬ瞳孔は眼前のロビンを仇に睨みつけているようにも思えた。
「名が売れると困りものだな。我がギルドの名を借りて吹聴して回る者が後を絶たない」
「よって無関係と主張する貴方はこの男を自ら処刑した、と。困りますね、処刑は我がグェン同盟に任された責務のはず。それともこの男を私たちに会わせたくない、何かあなたの秘密を握っていたとでも?」
さすがは修羅場を潜って来た上級ギルド面々か、ロビン1人を除いて2人は一切の動揺を見せない。そればかりか、次の攻め手をグェンは切り出して来た。
「そこは素直に謝ろう。だが、わかって欲しいな。グェン、貴様が先程言ったように我らは今、大事な時期にある。それをこんな小物ごときに名を語られ、悪評をばら撒かれるなんてことを悠長に許してやれるだろうか」
悪びれた様子もなく、そう言い終えた後にリュゼはさらに懐から小さな小瓶を取り出す。
「そしてもう一つ。これは協力者であろうスライム族の亜人の核だ。見ての通り、跡形も残らぬ程、粉々に砕いてやったが、きっとこのスライムに男は誑かされたのだろうな。スライム族は非常に狡賢く、人の心を弄ぶと言うからな」
「それで貴方の所に売り込みに来た、と。ふむ、腑に落ちませんな。フェーシエルの名を名乗り、一般人に手を出すというのはそれ程の大義でしょうか。それにわざわざ名を借りた相手、生首にされるほど激昂しているかもしれない相手の本拠地にわざわざ乗り込むような危険を犯す必要性があるとは到底、思えませんな」
「無論、尋問にかけた。グェン、お前もそれ程の下調べをしているぐらいだ。耳に入っているだろうが、今回、被害にあったのは今、破竹の勢いで力をつけて来ている下級ギルドの面々。そして前時代、狂気の魔具師、魔女と恐れられたアウレアという老婆だ。大昔の戦時中の事とは言え、この魔女は大勢の命を奪った。他国にもまだ彼女を恨む者も少なくはないはずだ。私達自身も警察組織として彼女の罪を見捨ててはおけない、そう思っていたぐらいにな」
「ほう、ならばその生首の男はこう言ったとでも? 『邪魔者とアンタが目をつけていた罪人を襲撃して来た。仲間にしてくれよ、と』……ふざけている」
リュゼは声を押し殺したようにクスクスと笑った。
「ふざけている、その通りだ。もしも私の元に仕えたいのであればこう言う。確実に息の根を止めてから来い、とな」
「まだ、貴方の疑いが晴れたわけではありませんよ。その男とスライムが元々、貴方の私兵であった、そういった推測もできる」
「冗談はよしてくれ。私は何よりも仲間を大切にする。一度の失敗でその命で償わさせるような愚かなことはしないさ。もしも、私がそんな暴君であったならば今のように我がギルドにあれだけ大勢の仲間は集ってはいないであろう」
グェンは何も言わずにリュゼを睨みつける。
「あ〜ちょっとちょっとお二方。落ち着いて」
堪らず、間を割って入ったロビンはボリボリとボサボサの頭を掻きむしった。
「これ以上、この話を続けたってさ、何も得られるものはない、そう思わないか? 叩いて埃が出るような人じゃないだろう、リュゼちゃんはさ。なんせ、叩く前に綺麗さっぱり埃を掃除しちゃうような人なんだからさ。ほら、英霊殿の長ちゃんもそう思わない?」
同意を求めるようかけたロビンの声にフードの少女は小さく頷く。
「ほらね、こんなギスギスしたってさみんなの大事で貴重な時間がただただ浪費されるだけ。ならさ、サクッといつもみたいに終わらせて、仕事に戻るなり飲みに行くなりしようよって、な」
ただ自分が早く帰りたいだけ、そんな意図が汲み取れるロビンの薄っぺらな説得にグェンはしばらく厳しい目つきでリュゼを睨みつけた後、渋々と引き下がった。
そうだ、この女はボロを出さない。しかし、必ず何か重要なことを隠している。一般人の殺害未遂、役割の無視、そんなことがどうでも良くなるような何かを、必ず。
以降、円滑に進んだ会議の末にリュゼが静かに、勝ち誇ったようにほくそ笑んだのをグェンは見過ごさなかった。