定例議会
それから数日が過ぎ、ギルティア最上部。国王不在の人の気配のない王城の一室にて数人の人影が集まっていた。
和気藹々としているわけもなく、各々が従者を従えてまさに一触即発と言わんばかりにピリピリと張り詰めた空気だ。
そこに集まったのは上級ギルド、今や数多あるギルドの中で最上位に君臨する4組織の長たち。ふた月に一度、定例議会として集まることが決まりとなっていた。時間になり、従者を廊下に待たせて室内に入ったのはギルド長である4人。無論、その中にはリュゼの姿もある。
広く美しい彫刻や名だたる画家たちの名画に囲まれて本日の定例議会が始まった。
「うぅ〜ん、やっぱりかたっ苦しいねぇ。みんなやる気満々って感じだ」
席に着くなり軽い口を叩いたのはヴェルジニタ修道院のギルドマスター、名目上神父と肩書をつけるロビンであった。
汚く伸びた無精髭にボサボサの髪、神の使いの証拠たる修道服は何かのシミが多数付き、シワだらけ。その様は神父というより浮浪者、流浪人に近い。
「英霊殿のマスターさんは今日もお顔を見せてくれないのかい? そんな目深くフードを被ってないでさ、俺たちも付き合いは長い。いや、勿論それがいい付き合いなのかとは言い難いが、そろそろお顔を拝見したいものだね。なに、心配することはない。君は自分に自身を持てないかもしれないが、きっと君は美しい。例え、顔に大きな傷があったとしても俺は受け入れるさ。何せ、女性というもの全てが美しいんだからさ。ね、おじさんに可愛い顔をーー」
「ーーいつから議会は乞食が醜女を口説く場所になったんだ? それならば私は失礼したいものだね。何せ、私は君らみたいに野蛮な人種ではない。商人として色々と仕事を抱えているんだ」
艶のある灰味がかった髪を後ろへ流した男は鋭い眼光をメガネの奥で光らせた。
男の名はグェン。名の通りグェン同盟の長である。
背の高く、狡猾そうな顔をした細身の男に戦闘能力の高さは見て取れない。そう、彼は一介の商人、元は他国の豪商の跡取りであった。それがどうやら何らかの過去を経て、ベラムらが所属する野党団を率い、このギルティアにやって来たらしい。武力こそ持ち合わせていないが、圧倒的な財力と地位、それらを用い、ベラムらと協力関係に至ったに違いない。が、ベラムがどうにも金に目が眩み、進んで協力するとは思えない。腑に落ちない点がいくつかあるが、結果として彼は武力までも手に入れている。過去を多く語らぬグェンに何があったのか、それを知る者はそう多くはないはずだ。
「本題に入ろうではないか。この顔をだけを合わせ、日常会話とくだらない仕事の話ばかりの退屈な定例議会。その旗振り役であるリュゼ殿に今回の失態の吐露と弁明の時間をね」
グェンの口元が意地悪く歪んだ。
そう、この定例議会を設けるよう提案したのは意外にもリュゼであった。
上級ギルドは国王不在の間、この国の治安維持を保つ役目が与えられる。リュゼ率いるフェーシエルが犯罪者を逮捕、連行する警察組織を司るように英霊殿は逮捕された罪人の刑を決める法務、ヴェルジニタ修道院は牢に投獄された罪人の公正、管理する刑務、そしてグェン同盟は死刑を言い渡された罪人の処刑、所謂、処刑人として各々に仕事が分担されている。
目下のライバルである他ギルドの動向探るため、そう言った思惑もリュゼにはあったが、名目上は元々、この定例議会で主だった議題はそういった仕事の話がほとんどであった。
それが今日、間も悪く行われた定例議会がその仕掛け人の首を絞めることになろうとは夢にも思わなかった。おそらく、グェンが言いたいのはあのことだろう。
「ほう、私の失態と弁明……か」
何食わぬ顔でリュゼは葉巻をふかす。まるで自分が糾弾される理由がわからないとでも言うように。
「理解できないとでも仰るつもりですかね? こちらにはしっかりと情報が入って来ているのですよ」
グェンはリュゼに見せつけるように1枚の紙を机の上に滑らせた。
「先日、協会の管理する診療所に急患が3名運ばれて来たらしいじゃないですか。その者たちは何とか一命を取り留めたが痛みに苦しむ中、貴方のギルド、フェーシエルの名を何度も譫言のように繰り返していた、そう伺っています」
リュゼは眉ひとつ動かすこともなく、葉巻の灰を落とし、黙ってグェンの顔を見据えた。
「それだけじゃない。その同行者の話では黒尽くめ、顔が酷く焼け爛れた男に襲われたと話していたらしいです。心当たりはありますかな?」
「ないと言ってもお前は話を止めることはないのだろう。顔が生き生きとしているぞ、グェン」
「えぇ、しらを切るつもりならばこう付け加えさせて頂こうかとね。その同行者が語った男が早朝、フェーシエルの居城に入っていった、そんな目撃証言もあるわけです」
グェンは強く机を叩いた。
これは絶好の機会なのだ。当然、王位を争うことになるのはよっぽどのことがない限り、ここに集まる4団体になるだろう。数が少なくなるに越したことはない。それが高い軍事力を持つフェーシエルともなれば殊更に良い。他2組は得体の知れない引っ込み思案な長率いる英霊殿とやる気があるのかないのかわからないヴェルジニタ修道院。最終的に壁となり得るのはフェーシエルに違いない、そうグェンは予想していたのだ。降格処分とは言わずとも罰金や定期の活動禁止処分、この大事な時期に何らかの打撃を与えられるのであれば願ってもないことだ。そして、何故この王位が後、もう一年半ほど過ぎれば決まるであろうこの時期にリュゼはわざわざ危険な行動に出たのだろうか。その理由を知りたくもあった。