中身を見せて
「うらぁぁぁああ!!」
かくも変わらずユウは馬鹿の一つ覚えとも思われる我武者羅な連撃を繰り出す。
日頃の土木、運搬作業で鍛えた女の身体ながら力強いゲンコツと身体を捻るようにして放つ回し蹴り。それを後方へ飛び退き躱したメルルを追うように軸足に力一杯の力を込めて飛び放つ胴回し蹴り。だが、それさえもまるで紙、いや字の如く水面を叩くかのようにどれもこれもがまったくメルルの表情ひとつ変えることもできずに終えてしまう。
「あのさぁ〜キミっていったい何がしたいわけ? せっかくボクが懇切丁寧に弱点をまるっと曝け出して教えてあげたのに」
ユウの体力の続く限り止まぬ攻撃の最中、メルルは退屈そうに耳をほじる。
「特に策を練るわけでもなく、不敵な笑みを浮かべて? 反撃の狼煙を〜とか言った割には何も変わらず、正直さ、変なやつ変なやつって言われてるボクでさえキミの思考回路は理解に苦しむよ」
服に甚大な損傷を受け、確かにユウの技のキレ、スピード、パワーどれもが先程よりも劣っているかもしれない。かもしれないが、こうまで無力、無意味だとさすがに精神的にくるものがある……普通は。
「仲間が顔無しを見事に退治してみせて? 助けに来るのを期待しちゃってたりする? 時間稼ぎするほどキミには余裕がないはずだけどなぁ〜。それともなに、そこのババアは見捨てて自分だけ助かろうって魂胆? あはは、なんだキミも大概、酷いヤツじゃないか。でも、ボクは綺麗事ばっかり抜かす輩よりもキミみたいに生への執着を捨てきれない醜いヤツの方が好きだよ。……でもさ、ボクもあんまり悠長にこうしてキミと遊んでるわけにはいかないんだよ。ほら、ボクってここに大事なだ〜いじなお仕事に来てるわけ。あんまりのんびりしてると痺れを切らしたリュゼが何するかわからないし、ボクだって酷い目に遭うかもしれない」
氷柱状になったメルルの腕がユウの肩を深々と突き刺した。
傷口を始点に全身を駆け回る激痛という警笛。ぶくぶくと赤い泡を作り、溢れ出した血液がメルルの腕を伝い、床に滴り落ちた。
「……よう喋る口じゃのぅ」
「よく言われる。お前はお喋りが過ぎる。いやお喋りを通り越して騒音だってさ」
「騒音……ふっ、確かにその通りかもしれんのぅ。お前の鼻にかかった声には少しばかり苛立ちを覚える。朝の目覚まし、近所で行われる工事音、鰐淵のいびきに似た不快感じゃ」
「なんかよくわからないけどバカにされてるのだけはわかるよ」
ユウの肩から腕を抜き、蹴飛ばすとメルルはその血を払いながら不満そうに頬を膨らませる。
「酷いなぁ、この声はさ、元はこの子。今、ボクが姿を模してる少女の声なんだ。完璧に間違いないよ。だって殺した後、中に入って構造を何から何までマネたんだもん。頭の形、声帯、指の長さ、足先まで全部。だからさ、キミが馬鹿にしたのはボクじゃなくてこの子なんだ。気まぐれにボクに殺されたこの哀れで可憐な少女をね」
「中に入った……なるほどのぅ。お前は核を除けばほぼ水と変わらん。その気になればワシも口なりケツの穴なりから入り込まれて内側から破壊されとったわけか……外道じゃのう」
「それだけじゃないよ。ボクらスライムの特権、身体のどこからでも相手を体内に取り込んで捕食することができる。だからボクはより彼女に近づこうと中に入って数日楽しんだ後、あっ、数日ってのはさ、やっぱり腐っちゃうんだよね死体って。だから食べることも考えればやっぱり新鮮な方がそりゃあ美味しいわけだし、味を損なわない程度に楽しんでさパックリ全身を取り込んで彼女の味も覚えた。大事なんだよ、ボクたちスライムにとって人間、その人を理解するのに味ってのは」
そこでメルルは何かを閃いたように手を打ち、顔に満面の笑みを咲かせた。
「ボクさ、実を言うとキミのこと結構気に入ってるんだよね。その顔、性格、ヘンテコな喋り方も含めて」
ユウの背中を冷たい何かが撫でた気がした。
「キミを食べてボクはキミになることにするよ」
考えていた策を実行するならば絶好のチャンス。だが、それもこの純粋の皮を被った醜悪な笑みを前にすれば普通、その覚悟もいささか減退してしまう。
その普通に属さない者こそがこのユウである。
ユウは自身を奮い立たせるように両足を叩き、立ち上がった。
「そろそろこの姿にも飽きてきたところだったんだ。もう何年になるのかな……? まぁ、とにかくさ、ボクがキミの身体を手に入れればボクも嬉しいし、キミの仲間も合理的に始末することができる」
身構えるユウに対し、一足飛びでこちらに突撃してきたメルルは裂けんばかりに口角を上げて言う。
「ねぇ、キミの中身、見せてよ」
恐らく、この突撃は殴る、刺すなどの攻撃ではなく捕食そのもの。捕まり、体内に取り込まれて窒息、または溶解させられては講じた策も無駄になってしまう。
「ぬおぉっ!!」
幸運にもメルルの突進は直線的。その軌道から外れさえすれば拘束を躱すことは容易に違いない。
ユウは身を捩り、横っ飛びでそれを避けた。