省みぬ愚かな所業
言われてみれば確かにこれから戦うにしては小綺麗な格好をしている。
「ユウ殿。この方はこの依頼において中立の立場で客観的に活躍を評価し、報酬を分配して頂くためにここにいるでござる。拙者らもギルドを仲介して依頼を受けた身、公平な評価を下してもらうためこうしてお呼びしたでござる」
メモ用のボードを抱えたままギルド管理協会の男は深く綺麗なお辞儀をした。
なるほど、確かに第三者に判定してもらえれば後々、揉めることはないだろう。
「おいデブ。裏でオレ様たちとは別に報酬を貰ってたりしねーよなぁ!」
「それはないでござる。拙者らの目的は報酬もありますが、ギルドの名を売るのが真の目的。正真正銘、これは公平でござる。なんなら、今ここで確認をとってもいいでござるが……」
「ふわぁ〜……早く始めましょうよ〜。ケンカしてもいいことなんてないですよ〜」
一触触発の雰囲気、中々本題に進まないことにシュシュは子猫のような小さな欠伸をして、目の端に涙をためた。
「フヒッ、ふ、不覚にも萌えた」
「同意、激しく同意」
途端、ざわめく萌ゆる夢ギルドメンバーたち。
ニオタは目をキョロキョロと動かして唇を尖らせると小さく咳払いをした後、皆に長い火挟と大きな背負式の籠を配った。
「で、では気を取り直して。皆にはこの道具を使ってベルセルククレフターを捕獲してもらうでござる」
明らかにちらちらとシュシュを意識しているようにも思えるニオタは先程より若干、低めの声で言うとカチカチと火挟を鳴らした。
「おい、討伐が目標だろ? こんな物でモンスターと戦えって言うのかよ! オレ様たちはゴミ拾いをしにきたわけじゃないぜ?」
「いかにも。拙者らの目標はベルセルククレフターの討伐。だが……はいやぁぁぁああ!!」
巨大なカニの討伐。確かに聞けばもっと盛大で熾烈な戦闘をイメージしてしまうのが普通だ。
堪らず、アグニが不満を漏らすが、それを遮ってニオタが僅かに動いた畑の茂みに火挟を突っ込み、高々とそれを持ち上げた。
「殺すのは捕まえた後にいくらでもできるでござる。それに……まぁとにかくこの場で殺すのはおススメできないでござるな」
火挟の先、挟まれたヤシガニ程の大きさのザリガニがカシャカシャとハサミを動かして暴れている。
それを慣れた手つきで籠に放り込むとニオタはキリッとした顔で薄い笑みを浮かべた。
広大な畑に散り散りになった面々は少し拍子抜けしたような顔でつまらなそうに大きなザリガニ拾い、もとい害獣駆除にあたっていた。
「見てください! すっごい大っきいの捕まえましたよ!」
「なぁにぃ? これじゃザリガニ釣り名人と言われたワシの顔が立たんわ! こりゃあ、シュシュの言うとった150センチ級の大物を早く見つけないといかんな……」
だが、ユウとシュシュこの2人だけは違った。
まるで捕獲量、大きさを競い合うように畑中を駆け回る2人にはもう眠気の文字はない。やってみれば、これが存外面白いのだ。
聞けば、このベルセルククレフターという種のザリガニは農作物を荒らす農家にとっては極めて厄介なモンスターらしい。また凶暴の名を冠するだけあり、そのハサミの力は凶悪。挟まれれば大怪我では済まないという。さらに牛や豚など自分より大きい家畜にも襲いかかる程のどう猛性を秘めており、時には逃げ惑うそれらを追いかけ捕食する俊敏性も備えているらしかった。
ユウたちが安全に捕獲を行えるのはこのザリガニたちが夜行性であるから。こうも朝早くから召集をかけられて太陽の光がちりつく中、作業させられるのにはそういった思惑があったからだろう。
「ちっ……くだらね〜」
浜辺で戯れる少女たちのようにわいわいと捕獲に勤しむユウとシュシュ。楽しそうにとまではいかないが、黙々と仕事に取り組む萌ゆる夢ギルドやラヴジャを遠巻きに眺めていたアグニらは畑の隅にあった大きな岩に腰を下ろし、だるそうに火挟で土を掘っていた。
ベルセルククレフター。
山間部の村や農家にとっては広く知られた名であるが、街暮らしのアグニ達にとっては姿形さえ知らないものだった。依頼掲示板で討伐戦という文字を目にした時はどんな凶悪なモンスターを仕留めるのかと胸を躍らせていたが、蓋を開けてみればそれは単なる害獣駆除。アグニの求めていたものではない。
手持ち無沙汰に腰に据えた鋼の剣を握り、その刀身に映る自分の顔を覗き込む。なんとも覇気のない顔をしている。
「クソが……オレ様は巨大モンスターを殺して名を轟かせるためにこの場に来たんだぜ? こんな小型モンスターをちまちま捕獲するなんてやってらんねーぜ」
「どうする、バックレるかい?」
「けどよぉ、協会が評価してるんだぜ?」
アグニの不満に同調するようにソーマが気だるそうにそう言うとインドラがちらりと目配せをして、木陰に立つ協会職員の存在を示す。
「じゃあ、真面目にあの芋くさい女達やあのデブやおっさん達に混じってカニを拾いに行くのかい? アタイはごめんだよ」
「いや、オレもそれはそうなんだけどさ……」
不意に足元に現れた1匹のベルセルククレフターを剣で突き刺し、アグニは小さく舌打ちをした。
『キィィ……! キィィ……!」
たちまち地面に滴り落ちる青緑色の液体。それがどうやらベルセルククレフターの血液らしい。
金切り音にも似た甲高い悲鳴を上げてのたうつベルセルククレフターをアグニは無表情のまま何度も何度も突き刺す。身体中を穴だらけにされたベルセルククレフターは最後の力でその場から逃れようと暴れ回るが、やがて小さく脈打ち絶命した。
「くっせぇ〜なんだこの臭い。まるでウンコじゃねーか」
死骸から立ち昇った臭気に思わず、3人は鼻を抑える。死に際の最後の抵抗だろうか、その臭いは独特で嗅げたものではない。
「アニキアニキ!」
慌てた様子でインドラに袖を引かれ、アグニは鬱陶しそうに視線を動かす。インドラの指差す先、草陰が大きく揺れ動いていたそこからまるで仲間の死を聞きつけたベルセルククレフターが数匹、アグニ達の前に姿を現したのだ。
「おいおい……こりゃあ……」
思わぬ僥倖にアグニは唾を飲み、喉を鳴らした。
「あいつらが汗水流して探し回ってる間、オレ様達はこうしてのんびり座って待ち、来たやつを殺していけば楽に成果を上げることができるんじゃねーか」
ベルセルククレフターはどうやら死に際に仲間を呼ぶ習性があるらしい。
手持ち無沙汰故の無慈悲な残虐行動が思わぬ発見につながり、アグニの顔から思わず笑みが零れ落ちた。
「アニキ……頭いい……」
「さすが、アタイが選んだ男だよ」
その言葉を聞いて、2人も習ってそれぞれの武器を取る。
インドラはサーベル、ソーマは投げナイフを手に駆けつけるベルセルククレフター達を次々にその手にかけ、その場に死骸を積み上げていった。