反撃の狼煙
「はぁ? なになになんだよ急に笑いだしちゃったりしてさぁ〜」
攻撃を加え、ダメージを与えたかと思えばさも可笑しそうに笑みを漏らすユウにさすがのメルルも不服そうに眉根を寄せた。
「いやはや……すまんすまん。なんじゃあ……その……軽いのぅと思っての」
唇を拭った親指。血の滲んだそれをユウは目を細めて見遣り、そう漏らす。
挑発じみた言い方ではあるが、今までユウが相手にした者たち、ベルセルククラフターやベラムの破壊力を考えれば彼女なりの本音がぽろりと意図せずして出てしまったに違いない。言わば、今までユウが戦ってきた相手は完全なる格上、強大過ぎたのだ。
「ほいじゃ、続きと行くかのぅ」
さしたる弱りを見せることもない先程通り、ユウは渾身の連打を我武者羅にメルルへと叩きつける。振りかぶった右腕、回転を加えたバックブロー気味の裏拳、続け様に振るう中段右回し蹴りと喧嘩一つで学んだとは到底、思えない華麗な連撃。しかし、それさえもメルルに一切のダメージを与えることもなく、ことごとく無力化されてしまう。そればかりか軟体故の特性を利用して腕や足の間を掻い潜るように反撃を貰ってしまった。
「ははっ、軽いのぅ……だっけ? そんなこと言いながらさ、キミの膝震えてんじゃん? 立派に効いちゃってんじゃん? それとも何? さっきのは単なる挑発? 痩せ我慢? 正直さ、分かっていながらもボク、ちょっとだけ。ほぉ〜んのちょっとだけさっきのキミの言葉にイラついちゃったんだよね」
今までの反撃、それがほぼ全てカウンター気味に繋がっていたメルルの攻撃に流石のユウの身体にもガタがき始める。
「キミはボクに勝てない。わかるぅ?」
小狡く、人間的でない無邪気な笑みと同時に告げられた勝利宣言。ユウはそれに返す言葉もなく、メルルによって放たれた強烈な水弾を真正面から受け、大きく後方に吹き飛んだ。
「ーーがッ!!」
水と言う物はこうまで硬く感じるものなのか。メルルを形成する一部を手のひらから飛ばした水弾はさながら大砲か。威力こそ身体がバラバラになるほどのものではないが、まるで拳大の岩を高速で飛ばされたと錯覚するぐらいはある。
床に背を打ち付け、転がりユウは確かにその痛みを腹部に感じながらよろよろと覚束ない足で立ち上がった。
普通、受けてすぐ立ち上がれるようなものではない。肋骨の軋む嫌な音と激しく身体を内側から叩く激痛、もしかしたら何本か骨が折れ、最悪、内臓にも損傷を負ってしまったかもしれない。
「ぷっ……」
迫り上がる鉄の臭いを口内に感じながら、ユウは逆流してきた血が混じった唾を吐き捨てて苦悶の表情を浮かべた。
「……どう……ら……ん……じゃ……」
「はぁ? なになになにさ?」
「どう……やったら……お前……に……勝てるんじゃ……」
メルルはその言葉に唖然と口を開けたまま固まる。
「ぷははははははははははは!!」
そして止まっていた時が動き出したように目に涙をためながら笑い転げた。
「ぷふっ、嘘でしょ! あんだけ軽いとかアタシは余裕だぜ? みたいなこと言っといてぷははっ! 勝てないとわかったらどうやって勝てるかとかさぁあははは! 普通聞かないでしょ! キミ、ちょっと頭悪いぃ〜!?」
潔く負けを認め、死を選ぶとか最後の最後まで死力を尽くして戦うとかそんな気はさらさらなく、あくまでも勝つ気でいるらしい哀れな少女にメルルは指をさして一頻り笑い続けると、
「いいよ、キミすっごく面白いから特別に教えてあげる」
メルルは勝ち誇った顔で舌をぺろりと出して見せた。舌先には鼓動する赤黒い小さな球体がある。
「こへふさぁ、ふはいふの……ん〜ちょっと喋りにくいなぁ〜」
そう言ってメルルは舌をしまい、同様の球体を次は手のひらに出してみせた。
「これはボクたち流体種、スライム族の心臓。所謂、核ってやつでさ、キミたち人間みたいに弱点となる臓器はいくつもなくて、スライムはこれ一つで生きているんだよ。人間みたいに脳みそがあるわけでもなく心臓があるわけでも、なんかびろびろーって長いやつがあるわけでもない。とにかくたった一つ、これさえあれば万事解決、スライムってすごいでしょって話。それにさ、見ての通りこの核は自由に位置を変えることができるわけさ。キミたち人間は左胸には心臓、頭には脳みそって弱点はここですよ、さぁ狙ってくださいってさも、敵に告げてるようなもんじゃない? その点、スライムはさボクみたいに上位種になると半透明でさえなくなって見た目上、他の生物となんら変わらない姿になることだってできるの。だからどこに核があるのかなんて判別つくはずもないし、もしも危なくなったらぱぱって移動しちゃえばいい。つまりさ、ボクが何を言いたいかわかる? ボクに弱点はあっても死ぬことはないってことだよ。だからさ、ボクに勝とうなんて諦めて楽になった方がいいよ。大丈夫、外にいる奴らもすぐにキミの後を追わせてあげるからさ」
長々と話終えたメルルは満足気に鼻息を吐く。この一連の流れがユウの思惑通りであることとも知らずに。
ユウにはもうすでに勝利の算段は整っていた。
この状況下において打てる最善の手を幼少期に遊んだ玩具のスライムを思い出しながらすでに。ただ、その手を打ったとして完璧に仕留められる確証はなく、その後押しするまたはより完全なものとする後一つが欲しかった。メルルの態度や言動からしてもしやと思い、実行した行動が功を奏した。
自信家でお喋り。
こういった相手は万に一つも自分の足元を掬われるとは思ってもいない。自分こそ、完璧で不敗だと思っているからだ。
その予想通り、メルルは大して勿体ぶることもなくペラペラと自分の弱点をこれでもかと丁寧に教えてくれた。
全ては揃った。
「反撃の狼煙を上げるとするかの」
ユウは拳を強く握り直した。