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最悪な相性


「ぬぅっ!」


 胸部に深い傷を負ったアウレア。その原因が自身の首にかかった、あのリュゼから渡された懐中時計だと知り、ユウは咄嗟にそれを壁へと叩きつけるように投げ捨てた。


「うぐぅ……」


 右胸部から流れる夥しい血液。アウレアの表情は苦悶に満ち、今にも事切れてしまいそうなほど呼吸は浅く、小さい。


「アハハッ、アハハハハ〜! ダメだよ、人に貰った物は大切にしなくちゃさぁ〜? もし、壊れちゃったらどうするのさ……あらららら、ほら見てよ。ヒビ、ガラスにヒビが入っちゃってるじゃん、もう〜」


 部屋の隅に転がっていた懐中時計からその物体は這い出ると傍らにあった水瓶から水を吸収し、人の形を模っていく。

 亜人、スライム種。薄水色がかった体色のそれはユウとさほど歳の変わらないぐらいの少女となり、こちらを咎めるように唇を尖らした。


「おんどれ……やりおったな……」


「おんどれ? 何それ? コケーってやつ? アハハ、それは雄鶏か、てね」


 今やユウたち人間と何一つ変わらないように見える少女はこちらの怒りなど意に介した様子もなく、いや何が悪いのかとわかっている様子もなくケラケラと子供のように笑う。

 ユウは自身が着ていた服を破り、アウレアの胸を圧迫するようにそれを巻く。だが、所詮素人の応急処置。それがあっているのか間違えているのか、それさえも判別はつかないが、弱りゆくアウレアの姿を前に何もせずにはいられなかった。


「ワァオッ! セクシ〜! だいた〜ん! 若い女の子が肌着1枚ってどうなのさ? もしかしてのもしかしてだけど〜貞操観念が欠如しちゃってる系〜?」


 手を出そうともせず、ユウを煽るスライム。

 外には確か、クララがいた。ベラムとの死闘、その他にも色々とケガする度に世話になった医者の卵のクララ・ホーキンスが。素人目に見ても致命傷と思われるこの傷も彼女ならなんとかできるかもしれない。ベラムに再起不能同然に打ち負かされたあの時のように、なんとか……。


「おぉ、軟体女。そこどけや……」


 ならば早急に。障害となるのはこのリュゼが遣わしたと思われるスライムだが、


「ヤダよ。だってボク、そのババアとキミを始末するために命令されてるんだもん。それを破ったらどうなると思う? リュゼに殺されちゃうよ。こう、首を絞められて〜うげ〜ッッ! ってね」


当然、素直に退いてくれるはずもない。


「それにさ、キミはそこのババアから血桜を奪うために来たんだよ? そりゃ、殺すのだって頭にはあったはずだよね? だからボクはゆっくりキミの胸元で休んでたわけだけど黙って聞いててみれば情に絆されて殺せない、終いにはキミ、血桜さえも返そうとしたでしょ? これは見過ごせないなぁ〜ってさ」


「最初からどうかしてたんじゃ。このワシが人質を取られ、良いように利用されるなんてことはのぅ。ワシはワシの道を行く。それだけじゃ」


「ふ〜ん、だからババアは殺さないかぁ。人質に取られた仲間や何も知らない無垢な子供たちは見殺しにして? うへぇ、キミってなかなか極悪人だね。キミとは友達になりたくないなぁ」


 罪悪感一つさえ覚えずに人を刺す奴がよく言う。

 吐きかけた言葉を飲み込んでユウはスライムの少女を睨む。


「いいからどけや。どかんならぶっ飛ばしてでも通るぞ、軟体女」


「ねぇ〜〜〜〜! その軟体女ってやめてくんない? 可愛くないじゃないか。ボクにはボクでメルルって可愛らしい〜名前があるんだからーー」


 駄々をこねるように手を振りまわしていたスライムの少女メルルの顔にユウに放った渾身の右ストレートがめり込む。まるで水を叩いたような感覚。飛散したメルルの肉片は意志を持つ生物の如く瞬く間に身体をよじ登ると元通り、可愛らしい少女の顔面を形成していった。


「じゃ〜〜んっ! ビックリした? ちょっと大袈裟にはじけて見せましたぁ」


「……ちっ。めんどいのぅ」


「ぶん殴るってキミさ、もしかして魔法も使えないし、武器も持ってない感じ。アハハッ、スライムのボクにそれで勝とうなんてむぼ〜すぎなぁい?」


 無駄とわかっていてもユウにはそれしかない。幾度、手応えを感じることがなかろうと殴り続ける。型もクソもない紛うことなき喧嘩殺法は避けられることさえもなく、パシャッパシャっと水を叩くような音、呆れたように笑うメルルの顔を作るのみ。とてもメルルを打倒し、アウレアを連れ出すことなんて無理そうに見える。


「いやさ、ボクってスライムなわけさ。だからそもそもーー物理攻撃自体が効かないわけでさーーキミが武器を持ってようがーーあんまり関係ないーーっていうかさーー」


 好き放題殴られ続けるメルルは悠長にそんな言葉を再生して吐き、再生して吐き続け、


「ーーむぐッッ!?」


タイミングを見計らったように振りかぶっていたユウの顎先をアッパーカット気味に打ち砕く。

 完全なるカウンター攻撃にユウの足が二度三度とたたらを踏む。どれだけ鍛えた身体で殴ろうとも相手にはダメージはなく、むしろたった一撃の攻撃を受けただけのユウの方がダメージを負っている。明らかに部が悪い、近接格闘を攻撃の主とするユウにとっては相性は最悪の相手と言えるだろう。


「く、くっくっくっ」


 にも関わらず、ユウは唇から流れる血を拭うや否や押し殺したように声を漏らして笑い出した。

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