満身創痍の決着
強力な麻痺毒による痺れの中、いくら強者である顔無しもその攻撃になす術はなかった。
砕かれた顎の骨が嫌な音をさせて砕けたのを耳に、遅れてやってきた強烈な鈍痛に顔なしは飛びかかってきたクララに押し倒されるような形で崩れた。
しかし、それだけではクララは納まらない。地面に転がっていたマリーのナイフを拾い、顔無しの肩に深々と突き刺して地面に縫いつけた。
人に刃物を入れたのは治療目的以外では初めての経験であったが、クララは至って冷静に言う。
「これだけしっかり刺されたらアンタもさすがに動けなくなるっしょ」
焼け爛れた顔無しの口から血が垂れる。
「シュシュなんかヒモみたいなん持ってきて。一応、手足縛っとかないとなんか不安だわ」
「は、はい!」
ちょうど木の幹にぶら下がっていた蔓を見つけ、シュシュはそれをクララに手渡す。受け取ったクララはテキパキと顔無しの手足を縛り上げ、地面に転がすと乱暴にその肩に刺さっていたナイフを抜き、血だらけのそれをクララは自身の服で拭う。見る見るうちにクララの高級そうな華やかな服は血で汚れてしまったが、当の本人はさして気にした素振りも見せずにマリーにそっとナイフを手渡した。
似ている。
やはりクララはユウに似ている。危険を顧みず強敵にも恐れることなく突っ込んで行くその勇ましい姿、絶体絶命の危機に発揮する鍛冶場の馬鹿力的な力、仲間のことを第一に考え、行動する思いやり。クララの行動、各所に何故かユウの姿をシュシュは感じた。
不思議である。出会ったのはクララの方がずっと早いはずなのにクララの姿にユウを重ねてしまう。ユウがクララにではなく、クララがユウに似ていると思ってしまうのは何故なのだろうか。
いや、そんなことはどうだっていい。
ハッキリ言えるの自分がユウとクララが大好きだ、それだけである。
そうそれだけ…………。
「あっーーーーーーーーーーーーッッ!!!」
「いきなし大声出すなしっ! なになになんなん急に叫んだりして!?」
「ユウちゃんですよっ! 助けに行かないと早く! くぅちゃーー痛っ!」
「ほらほら、あんたもケガしてんだからさ。まずは落ち着けっての。てかさ」
「いえ、こんなケガへっちゃらのちゃらです。早く行かないとユウちゃんとおばあちゃんが大変なことになってるかもしれません!」
「いやいや、わかるわかる。確かにこいつの言い振りだと何かヤバいことになってるってのはわかるけどさ」
わぁわぁと焦り、叫び散らかすシュシュにクララは顔面に飛来した唾を拭いながら振り返り、指差す。
「あのおっさんもヤバくね? 腹から血出して顔面真っ青なんすけど?」
今にも死にそうな生気のない顔で空を虚ろに見上げて腹から大量の血を流すフランクの姿を見て、シュシュは幾ばくかの静止の後に、
「な、なな、なななんで治療してあげないんですかぁ! フランクさん死んじゃいますよ? 今にもあと数秒の後にも死んじゃいそうですよ?」
「いやいや、アンタがさ……」
「あぁ……妻が……死んだ妻が……」
「ほらほらほらぁ〜〜! フランクさんが変なこと言ってますって! くぅちゃんってば何をモタモタしてんですかぁ!」
「はは……天使というのは……存外……」
「お迎え!! くぅちゃん早くして! お迎えが! お迎えが来てますって!」
「わかった、わかったてば! 服引っ張んなし!」
クララも肩をケガしているというのにこの幼馴染はなんの配慮もなくバンバンと傷口叩いてくる。多少の、いや大きな苛立ちを覚えながらクララは持参した治療箱を手に自身を含めた怪我人達を治療することにした。シュシュにはとびきり染みる消毒液を使ってやろう、そんなことを考えながら。
顔無しという強敵を前に各々が負った傷は思ったよりも深く、応急処置とはいえ治療には少しの時間が要りそうだ。
シュシュ達がユウの元に駆けつけるのはこれからもう少し後のことになる。
時間は遡り、シュシュ達が顔無しとの戦闘を始めた頃。火花を散らし、激しい戦いを行う外とは打って変わって室内は不気味なほどに静まり返っていた。
ロッキングチェアに揺られる老婆の見据える先には栗色の髪をした可憐な少女が漢らしく胡座をかいて地べたに座っている。
邂逅の末、それから場はまったくと言っていいほど動いていない。
おかしいのぅ。
己に訪れるであろう未来を受け入れるが為、覚悟を決めてその場に座り込んでいたユウもさすがに疑問を感じる時間が過ぎた。
騒がしい外も気にはなるが、やはり最初期に感じた痺れという症状から何も身体に変化が現れないのはおかしくはないか、と。
これがただの毒薬ならば効果に遅れが生じてしまうのも頷ける。だが、この老婆、魔女などという大層な異名がついたアウレアが振り撒いたのは劇薬中の劇薬、戦争時にも猛威を振るった血桜だと言う。これほどの効果にこれほどの時間がかかってしまうような薬物兵器が果たして本当に多くの命を絶ってきたのだろうか。もしや、この世界の毒というものは存外大したことないのではないだろうか。
学のないユウもさすがに怪しむ。怪しみ怪しんだ末にユウは恐る恐る薄目を開けて老婆を見遣った。