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詰めの一手

 まずは足元のフランクの脳天を突き刺し、次は目の前にへたり込むシュシュ、医者もどきの少女クララは深手を負っている。逃げることもできないはず。後にしよう。

 殺戮の算段を立てる狭間の時間、ほんの数秒にも満たない一瞬に顔無しは漸くここで疑問と不信、そして僅かな焦りと恐怖を覚える。




 あの小さな少女、切り裂きマリーはどこへ行った?




 冷静になれば誰でも考えることが今の今まで顔無しは考えることさえできなかった。


 逃げたか?


 ーー否! 先陣を切り、単身、小さなナイフを手に飛び込んできたマリーに限ってあり得ない。


 いったいどうやって逃げた。まさか、あの火に包まれている際に隙を見てシュシュが逃したか?


 ーー否! 炎に焼かれはしたが、獲物から一切目を離したつもりはない。己を燃料に燃え盛る炎が周囲を照らしていたあの時ならば殊更にそれはないと断言できる。もしも、少しでも動きがあれば気付く、自ずとそれを目で追う。いかなる傷を負っても今まで獲物を易々と逃してしまうことなんてなかった。


「炎……灯り……照らす…………ッ!!」


 勘付いた。

 何故、見逃していた。何故、気付かなかった。

 もしも、あのクララが投げた炎、結果的に効果的な不意打ちとなったアレが攻撃を狙ってのことではなかったとしたら。

 思えば、シュシュが取った行動にも不可思議な点があった。顔無しがランタンの炎で焼かれた時、巻き添えを食らいかねないあの場所を何故、離れなかったのか。


 気を失ったマリーを庇うため?


 あの小さな身体だ。抱えてその場から離れるぐらいのこと、あれだけの猶予があればできないはずもない。にも関わらず、シュシュはマリーに覆い被さるようにしてその身を守った。


 身を守った? 本当か?


 違う。あれは陽動、自分を追い詰めるための一手だ。

 そう、それならば先ほど放った虚仮威し魔法にも説明がつく。アレは逃げる為、目眩しのため、動揺、当然、警戒心を煽り、顔無しの逃走を促すためのものでもない。アレは()()()()()だったのだ。

 導き出される結論は何か。如何様にしてマリーは目の前から忽然と姿を消したのか。






 影だ。






 シュシュ達の取った行動の共通点は灯り。周囲を照らすような灯りがその場にあった。1度目は顔無しを光源として、2度目はシュシュの放った魔法。庇うふりをしてシュシュは自身の影にマリーを潜ませ、先ほどの魔法で出口を作った。


 何処に?


 顔無しは勢いよく後方を振り返る。


「ーー俺の影だッ!」


 間一髪と言ったところか。すぐ真後ろ、息を潜めていたマリーのナイフが今まさに自分を突き刺しにかかるのが見える。だが、その行動に不思議と殺意は感じられず、だとすれば考えられるのは毒。殺さずにして顔無しを生け捕りにしようと考えているに違いない。だが、それも当たらなければ無駄なこと。この間合いで掠ることさえ許されぬのは少々、骨が折れるが相手は初潮さえ迎えているかどうか怪しい小さな少女。数多の死線を潜り抜けてきた顔無しからすればその動作はあまりに緩慢に見えた。

 事実、マリーは顔無しをナイフで刺すことに臆していた。人を傷つけることを許さぬ制約の印、人を殺めれば四肢を引き裂かれるという自らが課した枷が邪魔をし、その動きを鈍らせていた。シュシュでナイフの効果を試した時の痛み、その腕を分断されるような激痛がどうしても脳裏に過ってしまう。




「ーーフランクさんッ!!」




 垣間見た勝機、シュシュ達の最期の足掻きにして現状、最高の一手。これさえ躱してしまえば後に自分を追い詰めるものはない。後は恥をかかされたシュシュ達を自由に、気ままに嬲り殺せばいいものだ、そう笑みさえ零れ落ちそうな余裕が生まれたその時にシュシュの懇願めいた叫びが響く。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!」


 呼応して最期の灯火の如く、フランクの雄叫びが上がる。

 傷口から吹き出す血、血の気の引いた顔、いったいどこにそんな力が残っていたのだろうか。


「お、お、おぉぉォォッーーーーーーーー!」


 迫り来るマリーのナイフから逃れんとしていた上体がしがみつくフランクによってナイフの軌道へと足元から戻される。





「ーーーー痛ッ〜〜ッ!」


 手首を抑え、マリーが膝から崩れ落ちる。音もなく、地面にナイフが転がった。


「うぐ、うぐぉぉ……ど、毒か……麻痺毒か……ぁぁッ!」


 されど顔無しは倒れず。最期の抵抗が功を奏したか、負傷は腕に僅かなかすり傷。この小さな擦り傷程の切り傷でも足取りは覚束ない。毒は相当なものらしい。だがしかし、顔無しのその足は大地を踏みしめ立っている。顔無しは倒れていない。顔無しは敗北していない。


「…………あ、ぁ…………」


 燃え尽きた蝋燭は再び燃え上がることはなく、フランクの手が力を失い、顔無しの足からずり落ちた。

 もう抗う術はない。直に顔無しを制限する毒も消えるだろう。身体の自由が効かない今ならば、とシュシュは最期の力を振り絞り立ち上がろうとする。







「ーーシュシュ、鉄球!」







 上半身を起こしたその時に慣れ親しんだ声でそんな指示が飛んだ。

 条件反射的に出したシュシュの能力、手のひらに鉄球が現れた途端、シュシュの手のひらに触れるか触れないかのその時に後方から走り過ぎた影がそれを掻っ攫って行く。


「あたしを忘れんなしぃッ!」


 一直線に突撃するクララ。鉄球を手に、その握った鉄球で殴打するように振りかぶった一撃が顔無しの頬をぶち抜いた。

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