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娯楽魔法

 男が少女を蹴り上げるという苛虐な行動。誰しもがその光景を目にし、目を背けるかはたまた怒りを覚え、止めに入るのか、そんな異常とまでいく残酷さ。その最中に顔無しは不可思議なものを目にした。いや、現在進行形で目にしている。



 笑った……?



 道端の石ころ蹴るように蹴飛ばされたその少女の顔が確かに微笑んだのだ。まるで自分を嘲笑うように口元をニヤリと歪めて。


「……はッ!」


 シュシュの口から吹き出た血が重力に従い、落ち行くその隙間に顔無しは気付く。


 シュシュに覆い被さられるように隠されていたあの小さな少女、先陣を切り自分に飛び込んできた無謀な小さき者の姿がない。


 背筋を凍てつかせるような寒気が走った気がした。

 暗殺家業を生業とし、幾多もの命を断ち、生き抜いてきた自分が事もあろうにこんなか弱く、儚い者達に身体が危険信号を発したのだ。


「……ふふっ……」


 やはり笑った。顔を蹴飛ばされ、身体もろとも後方へ吹き飛びながらもシュシュは笑った。

 そしてその口元がぱくぱくと何か言葉を紡ぐ。






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 仕事を全うするために数多の術を身につけた。読唇術もまたその内の一つ。だからこそ理解できてしまった。シュシュは確かに声にもならない言葉を、泣き叫びたくなるような痛みの中に関わらず紡いだのだ。

 それだけなら良かった。その呪詛にも似た空っぽの声だけならばマリーが姿を消した、その事実を突きつけられたことだけに他ならないから。


「…………」


 シュシュの右手から小さな光球が零れ落ちた。それはゆっくりと、しかし確かな輝きを放ちながらゆらゆらと天を昇る。

 図らずも見惚れてしまった。まるで漆黒に染まった空を彩る星たちがすぐ目の前まで降りてきたかと思う。

 いったいこの少女はいつ魔法呪文を詠唱したのであろうか。いや、厳密に言えば魔法を手の内に潜め、任意の時に放つ、そんな技術もあるにはある。だが、この少女にそんな技量があるとは到底思えず、他に可能性があるとすれば無詠唱魔法。短縮詠唱よりもはるかに高度な知識と技術を要するものだが、それもまたこの未熟な少女が扱える代物とは思えるはずもない。

 それに気がかりはこの得体の知れない魔法。小さな光球を放つ魔法はいくつか知るが、爆発、目眩し、幻惑、そのどれとも違う。

 魔法が得意ではない顔無しにも心得がないわけではない。暗殺対象を安全且つ完璧に、始末する上では敵の情報、特に相手の手の内を知ることは何よりも大事。過去に殺めた者の中には高名な魔術師もいた。その際に全ての魔法を網羅するつもりで反応から発動に至るまでの行程を頭に入れているつもりであった。

 だが、その顔無しでさえ知らない。いや、知るはずもないのだ。




 子供がお遊びで使うような娯楽(クソ)魔法など調べもしなかったのだから。




 得体の知れない者に人は恐怖を覚える。顔無しとてその例外にあらず。

 今にも何かが起こりそうに膨らむ頭上の光球。それから逃げるように顔無しは地面を蹴り、その場を、もしもこの魔法の正体が自分の知らない爆発系の魔法だと想定した上で限られたこの一瞬に致命傷は避けられるであろう距離まで離れようとした。


 足が動かない。


 決して怖気付き、足が石のように固まってしまったわけではない。物理的に、足が押さえられている。




「に、逃がしません。この命に代えても私はあなたを逃がしません」




 顔無しの足にしがみつくのは腹を刺され、無残にも血だまりの中に倒れていたフランク。その傷口からは夥しい血液が流れ続けている。

 いったい、この男にこんなただの中年のオヤジのどこにそんな力と勇気が残っているのだろうか。

 一目見て感じた。この男は搾取される側、狩られる側、奪われる側の人間だと。圧倒的な敗者、それ以上にあり得ぬと。だが、蓋を開けてみればどうだろうか。圧倒的な勝者と信じて疑わなかった自分を追い込んだのはその圧倒的な敗者、フランクだった。

 どうせ捨て置いても死に絶える命だと気にも止めていなかった故に引き起こした危機に顔無しは苦虫を噛み潰したように奥歯を鳴らした。


「離せェッ!! 貴様、死に損ないの貴様が俺の邪魔をすーー」


 顔無しがフランクを踏み付けつつ発したその言葉を待たずしてシュシュの放った光球が眩い光をばら撒いて弾けた。

 言葉に詰まるも束の間、ひらひらと舞い落ちる紙吹雪に降られながら顔無しは血走った目を見開いて声も出さずに笑う。


「……おい……おいおい……」


 得体の知れない光球の正体はクソの役にも立たないクソ魔法。目眩しにも足りぬ光に緊迫した状態を白けさせることしかできない紙吹雪。これが起死回生の一手だとでも言いたいのだろうか。この足蹴にされた中年が死力を振り絞り、賭けた逆転の芽だと言うのであろうか。自分が恐れをなして逃げ出すとでも、いやそうなりかけたのを止めてくれた。他でもない、フランクがだ。仲間を助けようとした作戦が仲間の行動によって裏目に出る。なんと滑稽なことであろうか。


「あまり俺を笑わせるな」


 決着の時が来た。

 未だに足にしがみつくフランクを他所に顔無しは静かにナイフを取り出した。

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