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小さな灯りは友を救う

 あれほどまでに身体が拒否していた言葉が流れるように出て行った。

 ジンっと熱くなった拳、裂けんばかりに出した声故に痛む喉。だが、フランクにはそれが、それこそが心地よい。


「……ッ! この役立たずが!」


 体重差は幾ばくかはある。よろついていた顔無しは口の端から垂れる血を袖で拭い、反撃に出る。

 細い体がゆらりと不気味に揺れ動いたかと思えば、顔無しはすぐ眼前に。鼻先に生臭い吐息を吐き出す口元がぐにゃりと歪んだ。


「フランクさん!」


 シュシュの悲鳴にも似た呼び声。何をそんなに焦ることかただ顔無しは自分との実力差を見せつけるように近づき、嘲笑しただけではないか。

 自分はユウに頼まれたのだ。こんな中年の授能おろか魔法さえも扱えないただの一般人に仲間を頼むと言ってくれたのだ。それに報いることができず、どうしてこのままギルドに残ることができようか。

 鼻息を荒げ、再び、拳に力を込める。武器も持たぬ自分にはこれしかない。圧倒的優位は体重差。それに付け込まない理由はない。


「……痛っ!? あ……れ……?」


 糸が切れた人形のように身体が意識とは別に崩れていくのがわかった。身体が鉛のように重い。そして身体が伝えるのを忘れていたかのように激痛が襲い掛かる。いつのまにかあれほど強く握りしめていた拳は柔らかに開かれ、口から垂れるは赤黒い液体。焼け爛れた顔の男の肩にもたれるように倒れるがそう優しくはなく、支えをなくしたフランクは抗うこともなく地面に転がった。


「……悪いがそういうことだ。俺は今からお前たちを殺さなくてはならない」


 腹部を深々と短剣で突き刺されたフランクの出血は夥しく、今すぐにでも応急処置を施さなくては命が危ないだろう。隙を見てどうにかフランクに近づくことはできないだろうか、そうクララは試みはするも真正面で対峙していてはそれも叶うはずもない。もしも、相手が顔無しほどの手練れでなければ草陰に飛び込み、姿を眩ますことはできただろうがその一瞬の隙さえも顔無しはこちらに与えてくれない。

 ならば残す手立ては一つしかない。


 戦うこと。


 そうクララが判断した矢先、小さな影が足元を走り抜けていった。


 キィィン!


 甲高い金属音が木霊する。


「……許さない」


 蚊の鳴くような小さな声に抑揚のない言葉であったが、そこには確かに怒りの色が帯びている。その静かな殺意が込められた小さなナイフをいとも容易く受け止めた顔無しは値踏みするようにマリーを見遣り、空いた腹に鋭い膝蹴りが飛ぶ。


「かっ……けほっ……ッ!」


 街を震撼させた殺人鬼とは言えどもやはり子供と大人。加えて主に奇襲による攻撃を得意とするマリーだ。小柄な身体を活かした素早さでは顔無しを上回りはするも真正面からの戦闘では分が悪い。深々とめり込んだ顔無しの鋭い膝蹴りにマリーは言葉にならない悲鳴を上げて苦悶の表情でその場に崩れ落ちる。


「マリーちゃんッ! ……よくもっ!」


 自分よりはるかに幼い少女が血反吐を吐き、倒れ行く様を見て堪らず、シュシュが飛び出す。だが、彼女には役に立たない魔法と持てもしない鉄球を出す授能があるぐらいのものでまともな戦う術を持っていない。

 無策、無謀、躍起になった丸腰の人間の特攻など顔無しにとっては何の脅威にもならない。


「憐れだな」


 身も凍るような不気味な嘲笑を浮かべ、顔無しはシュシュの特攻を身を翻してひらりと躱すとその短剣を振り下ろす。


「痛ッ!」


 ユウと共にした幾度かの死闘の経験が少しは役立ったか、危機を瞬時に察知したシュシュは倒れるように首筋を狙われた凶刃を回避。だが、無傷とはならずそれは深々とシュシュの腕を切り裂いた。


「避けなければ楽に死ねたものを……」


 ボタボタと傷口から腕を伝い、指先から血が流れ落ち地面に血のシミを作っていく。

 痛い、今すぐにでも泣き叫び、この場を逃げ出してしまいたい。


「わたしは……」


 見下されるような体勢でシュシュは呟く。


「わたしは死にません。あなたを倒します」


「あたしもいるってこと忘れないでくれる?」


 シュシュの真っ直ぐな瞳に苛立ちを覚えていた顔無しが目を取られている隙に顔無しの後方へ回り込んだクララが小瓶を投げつける。

 リュゼより受けた指令にクララの名前はなかった。まず、この場に彼女がいたこと自体、想定の範囲外であった。見るからに一般人、派手な服装によれた白衣を着ているのを見るからに医者かその類とばかり思っていた。故にまったく気にも止めていなかった。殺すか否かと問われればこの現場に居合わせたのだからもちろん前者。だが、いつでも殺せる。指令にあったメンツを殺した後にゆっくりと気軽に、そう簡単に殺せばいいと考えていた。


 それが慢心だったのだろう。


 割れた小瓶、臭いから察するに消毒用のアルコールか。わずかばかり目に入ってしまったか、視界が眩み、顔の爛れた傷が酷く痛む。


「シュシュ、巻き添えくらわないように早くマリーを連れてその場を離れなね」


 放物線を描き、顔無しに飛ぶランタン。




「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!」




 その小さな灯りがアルコールに引火し、顔無しの衣服、そして皮膚を轟々と燃え上がらせた。

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