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ユウの意志


「な、なんじゃ。ワシの顔に何かついとるっちゅうんか?」


「……いえ、何でしょうかこの違和感。何なんですかね、クララちゃん?」


「あたしが知るかよ……って言いたいけどさ何か変なのよね」


「阿呆、この顔を見ろ。ワシはユウじゃ。変なことを言っとらんで早くこの場を離れるぞ」


 ユウの顔を貼り付けた顔無しの表情には余裕はなく、急かすようにシュシュの手を引く。

 その後方で依然、何かに怯えるように俯くフランクは声ひとつ発することもない。


「……離してください」


 力強く握られたその手を振り払い、シュシュは数歩後方に退くと、




「あなた本当にユウちゃんですか?」




意を決したような真剣な眼差しで顔無しに問いかけた。


「バ、バカを言うな! 何故、疑うんじゃ!」


 静かな森の中でユウの怒声が木霊する。しかし、その姿に臆する様子もなく、3人は静かに顔無しを見据えていた。


「……ママは逃げない」


 クララと手を結び、佇むマリーのオッドアイが静かに揺れる。


「はい。ユウちゃんはこんな時、絶対に逃げません。そして何よりもまず、わたしたちの言葉を信じてくれます」


「あぁ?」


 続いたシュシュの言葉に顔無しは首を傾げる。


「ユウちゃんは自分の目で見ない限り、善悪の判断を下しません。ユウちゃんの心に響く何かがあれば誰が何と言おうと信じる、そんな人なんです」


「だ、だがギルド管理協会が……」


「管理協会なんかより仲間を信じます。ユウちゃんにとって仲間は家族。他人の言葉より家族の言葉を信じる、それがユウちゃんです。もし、あなたが本当のユウちゃんならきっとこう言いました。実際に会って考えると、そしてもしも悪人であれば先頭に立って討伐に繰り出す、そんな人なんです」


 顔無しは何も言うことが出来ず、小さく頭を振った。


「あなたはいったい誰なんですか?」


 シュシュの問いかけに答えるはずもなく、顔無しは小さく舌打ちをする。

 時間をかけ過ぎた。

 ギシギシと軋み始める身体の音は模倣の終わりを告げる音。こんな小娘たち如きにこれほど手こずるとは思っておらず、これは短時間で勝負を決めようとした自分の落ち度か。

 どうだっていい。今更、バレようが一緒だ。




 ()()()()()()()()()()()




 元より、そう支持されていた。

 自分に任された任はユウに血桜を奪いに行かせることとその仲間を葬ること。真っ向からの戦闘は得意ではない自分の安全策として嘘を信じ込ませた後の奇襲を考えただけのこと。戦闘が得意ではないからといってこんな小娘と肥満の中年如きに負けるはずがない。


「ふぅ……」


 顔無しは小さなため息を吐き、後ろに手を回す。

 後方からそれを見ていたフランクだけが気付いた。顔無しが腰につけた短刀に手を伸ばしたのを。


「白状する。俺はユウじゃない。ユウに頼まれたんだ」


 この後に及んでの嘘。


「彼女は彼女で手が離せなくてな。かといって顔もしらない、それも俺のような男が急に目の前に現れても警戒させてしまうだろうと思ってフランクに同行を頼んだわけだ」


 徐々に徐々にユウであった顔が崩れていく。数秒後にはあの焼けただれた顔、顔のない男の姿となってシュシュたちの前に立っていた。


「ひっ……」


 半歩後ずさるシュシュ、マリーは少しだけクララに身を寄せる。


「……薬品による火傷」


 その顔を見てクララが呟くと顔無しは頷く。


「魔女にやられた。その昔、ただ街を歩いていただけの俺に突然な」


 果たしてあのアウレアがそんなことをするだろうか。だが、長い付き合いがあるとはいえ全てを知るわけではない。もしかしたら、自分たちの前で芝居をしているだけかもしれない。疑いたくもないが、頭の隅からそのビジョンが離れない。


「いや、そんなことはどうでもいい。ユウから託されたものがあるんだ。近くに来てくれ」


 警戒と恐れが混じりながらも少しの間を置いてゆっくりとシュシュが前に出る。

 その手に凶器が握り締められているとは思いもせずに。


「あ……あ……」


 その様子を見ていながらもフランクの喉からは声が出ない。臆病な自分を見透かしての行動なのか、顔無しはこちらには隠そうともしていない。

 震える身体。ガチガチと歯が鳴った。

 ここで声を出してこの状況を打破できるのだろうか。大声で叫べばシュシュを一時的に助けることはできるが、顔無しと距離の近い自分はすぐさま切り裂かれ生き絶えることとなるだろう。

 死ぬのが怖い、それは人間誰しもが思う至極真っ当な思考。だが、その真っ当な思考が仲間を危機に追いやっている。

 果たして自分が死を賭した行動をして彼女らを無事に帰すことはできるだろうか。刺し違えることもままならない武器一つ持たない自分がフェーシエルの息がかかった精鋭に一矢報いることができるだろうか。

 できるわけがない。せいぜい無駄死にするだけ。

 卑怯な自分を恨んでくれ、とフランクは震える手を握り締めて俯く。




 シュシュたちを頼んだぞ。




 不意にユウの言葉が過った。

 それと同時に自分の拳が顔無しの頬を撃ち抜いていたのに気付く。

 恐怖心を無視して身体が勝手に動いていた。それはまるでユウが乗り移ったように自然と。


「逃げてください! 彼はあなたたちを殺す気です!」


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