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偽物

 時は少し遡り、ユウが魔女と相見える前。その小さく細い少女の背中が魔女の小屋へと吸い込まれるように消えていった直後のことである。


「……俺たちも動くぞ」


 冷たな口調で言い、茂みから近づく声の元へ歩き出した顔無しの後ろをフランクはおずおずと続く。

 その心中は不安、疑問、そして恐怖。

 別れ際、ユウに耳打ちされた言葉を思い出し、フランクは大きく唾を飲み込んだ。



『シュシュ達を頼む』



 初めは単に自らが起こし得る凄惨な所業を見せぬように気をそらし、この場から離れさせろ。そんな意味合いだと思っていた。

 しかし、その言葉の真意を知るにはそう時間を要すことはなかった。


「俺の能力は身体情報の全てを真似ることはできるが、記憶までとはいかない。お前達の仲間に気付かれぬよう助力しろ」


「は、はい」


「決して俺の正体をバラしたり、虚偽を伝えようとはするな。所詮、女子供3人とお前のような図体だけのウスノロだ。暗殺を生業とする俺でも容易く始末できる」


 嘘だ。腰に差したもう1本の短刀、それに手を添える様が物語っている。

 嘘を伝えているのはどっちだとこの場、大声で叫び、掴みかかり、殴ってやりたい。もし、自分ではなくこの場にユウがいたとしたらそうしていただろう。或いはナルキスならば……言うまでもない。顔無しを否定し、嘲り、軽蔑した後に完膚なきまでに叩きのめしてしまうのだろう。だが、力のない()()自分にできることは何だろうか。自らに問いかけなくともわかっている。理解している。


「わ、わかってますよ。えっと、あの桃色の髪を横で結った少女がシュシュさんでギルドメンバーの中では一番、ユウさんと付き合いが長いです。ユウさんは彼女を呼ぶ時は基本的に呼び捨てでーー」


 情けなく、惨めたらしく、裏切り者と呼ばれても遜色のなく、敵意がないことを示すように弱々しい作り笑いを浮かべながら仲間の情報を売ることしかできない。

 自分に顔無しを倒すだけの力も勇気もないのはユウもわかっていたはず。なのに何故、彼女は自分に仲間の命を託したのか、人選ミスも甚だしい。


「……なるほど。それだけ知れば十分だ。なに、時間を稼ぐ、それだけのことだからな」


 全員の情報をペラペラと吐き出した後、フランクの作り笑いがフッと消え失せるようになくなる。

 自分は何をしているのだろうか。


「ーーつッ!?」


 知らず噛み締めた唇から血が滴り落ちた。

 悔しい。何もできない自分が悔しい。

 握りしめた拳が震える。

 ユウは何もできない自分を信頼し、託してくれたというのにこの体たらくは何だ。顔向けできない。


「あれ? ユウちゃんにフランクさん? え〜!? なんでこんなとこに? もしかして本当にわたしの危機を察知して駆けつけてくれたとか? だとしたらちょっと遅すぎですよ〜!」


「ママ、変な格好」


「確かに。なにそれ、なにその格好。どっかの怪しい変態? それとも暗殺者? 丈も合ってないし、マジ全然似合ってないけど?」


 道すがら鉢合わせたように偽りつつ、顔無しは驚くような芝居を打って見せ、


「な、なんじゃ。生きとったか、良かった良かった」


まるで3人の安否を知り、心から安堵するように胸を撫で下ろした。


「へ? 生きとった? いったいどうしたんです?」


「シュシュ、ママは怒ってる。帰るの遅くなったから」


「あ〜、確かに遅くなるなんて伝えてありませんでしたし、通信魔法の心得もないから連絡することもできませんでしたしね〜」


 口元に人差し指を当てて、いかにも困ったように眉根を寄せるシュシュ。


「でも、安心してください。わたしシュシュ、今日という日を乗り越えて少しだけ強くなりましたから! ……本当ですよ? 信じてませんね? よろしいよろしい」


 得意げに右手につけた皮の手袋をキュッとはめ直し、シュシュはニヤリと笑う。


「ママ、ごめんなさい」


 未だ、帰りが遅くなったのを怒っていると勘違いしているマリーは小さな頭を下げ、シュシュはシュシュで何かを披露しようとしているのか勿体つけた笑みを浮かべ、その様子を呆れたように冷めた目で眺めるクララ。静かな森が一気に騒がしくなる。


「いやいや、なんかワケありっぽくね?」


 何かがいつもと違う、そう感じ取ったクララの一言に顔無しは頷く。


「ここは危険じゃ。早くワシと一緒に安全なところへ」


「危険? いえ、確かにこの森はあんまり入っちゃいけませんよ〜的な場所ではありますけど……」


「違う。この森が危険なんじゃない。この森には魔女が住んでおる。そやつが危険だと言っておるんじゃ」


「あ〜……魔女ってさ、あの魔女アウレアだったり?」


「うむ、そうじゃ。極めて厄介な大罪人じゃ。実は協会からそやつのことを聞いての。この森には入っていくお前らを見たというものがいたもんじゃから慌ててこの場に駆けつけたってわけじゃ」


 顔を見合わせるシュシュとクララは数秒の間を置いてプフッと息を吹き出した。ケラケラと笑う2人に代わり、前へ出たマリーは果物の入った籠を抱えたまま首を横に捻る。


「ママ、おばあちゃんはとってもいい人。今からみんなでご飯を食べるの。デザートにいっぱい果物を摘んできたの。ママも一緒に行こ」


「……会ったのか。魔女に」


「ユウちゃん、そんな怖い顔しないでくださいよ。巷では魔女なんて呼ばれてたりするかも知れませんが、本当にいい人ですよ? ちょっぴり気難しいところもありますけど」


 軽い冗談のつもりだろう、再びシュシュはクララと顔を合わせて笑い合い、顔無しの手を取る。


「ほら、ユウちゃんも行きましょう。会えばきっとただのおばあちゃんだってわかりますから…………あれ?」


 手を取り、覗き込んだ顔を見てシュシュにだけわかる違和感を覚える。


「てかさ、肉屋さん何も喋らなくね?」


 そしてクララもまた、強張りの取れないフランクに疑問を抱いた。


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