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良き日よ、さらば


 暖かくいい匂いがする。


 家内に入り込み、最初にユウが感じたのはその程度のことだった。

 暖かな暖炉の火や鍋でグツグツと煮えるシチュー。その傍らに魔女はいた。ロッキングチェアに揺られ、編み物をする老婆はユウの気配を察すると静かに顔を上げて手を膝の上に置き、


「ふむ、2人だと思ったが」


落ち着き払った態度でそう呟いた。

 とても大勢の人々を死に追いやった大罪人らしからぬ風貌だが、やはりそれなりの死線を潜り抜けてきただけのことはあるのだろう。老婆は怖気付くこと逃げ惑うこともなく、ユウを真っ直ぐに見つめる。


「魔女アウレアで間違いないかのぅ」


「あぁ、そうさ」


 ユウとも言えどやはり人を殺めるとなると幾分かは緊張する。その緊張が声から察し取られてしまったのかアウレアはくつくつと笑いながら頷く。


「長いことこうして森の中で細々と息を潜めて暮らしてきたが、若い女子のお客がこうも連続したことはさすがに初めてだねぇ」


「……ワシが何をしに来たか、何を求めてここに来たかはーー」


「ーー阿呆。私ゃ魔女さ、あんたらのことは何でもお見通しだよ」


 アウレアは懐から桃色の液体が入った小瓶を取り出す。


「血桜じゃろ? お前の目的は。いや、正確にはお前の雇い主といったところか」


 アウレアの元へ歩んでいたユウの足が止まる。


「グェンか? フェーシエルか? いや、グェンはないね。あやつらならこんな猪口才なやり口を使わず、真っ向から暴力を持って奪いに来るはずさね」


「ばあさん、ワシも手荒いマネはしたくない。大人しくソレを渡してくれればなんもせん。ホントじゃ」


「ほぉ、リュゼの奴が寄越した刺客、どんな奴かと思えばこの私に交渉か。なるほど」


「交渉と言うよりもお願い()()()じゃ」





「ならあんたは何故、ナイフを隠し持つんだい?」



 


 ユウの足元にその小瓶が投げつけられる。

 培って来たケンカの経験が活きたのか、はたまたある種、野生の勘的な第六感が働いたのかユウはそれを大きく後方に飛び退いて躱す。


「なっ……お前、血桜を……」


 割れたガラスの小瓶、飛び散った破片。こぼれ出た桃色の液体が床に染み込んでいく様を何度も瞬きをしてユウは呆け見る。

 まさか、目的の物を投げつけられるとは思わなかった。呆然とするユウだったが、一変身体に違和感を覚える。


「爆発と共に舞う火炎が桜のように見えるから血桜、一般的にはそう言われとるがね、本当は違う。あまりに非人道的な兵器故にその詳細を残してはならないとなった。あんたたち若い者の耳に入るのは何処かの誰かが考えた予想でしかないのさ」


 その言葉の最中にもユウの身体を侵食していく謎の違和感は止まらない。


「血桜はただの爆薬なんかではない。本来の目的はその薬液を爆発によって蒸発させ、周囲の人間を毒によって死に至らしめること。爆発はただの使用過程に過ぎん」


「毒……じゃと……」


 アウレアは頷き、喉を押さえる。彼女もまたこの密室にいるがため血桜の毒から逃げられなかったのだろう。言うなればこれは心中。己も血桜もそしてそれを手にしようとするものもまとめてこの世から消し去ろうとする決死の行動。




「何故、血桜と名付けられのか。それは毒を吸い込んだ者の全身から噴き出した血が桜の花びらのように宙を舞うからだよ」




 謂わばこの世界の核爆弾のようなものなのだろう。

 生まれ育ったあの街に遺されたあの惨劇の跡を思い出し、ユウは首を振る。

 非人道的とはそういうことか。この老婆はこんなにも恐ろしい兵器を作り出してしまったことを後悔し、自分を責め続け、二度と同じことが起きぬようそれを守り抜いて来たのだろう。


「……今日はいい日だった。私にはもう思い残すことはないよ。私ゃ今日、久しぶりに魔女ではなく、魔具師としてあの子たちに接してもらえたのだからね」


 満ち足りた表情でアウレアは微笑む。

 ユウもまた、成し遂げたように息を吐き、腰に差していた顔無しの短剣を抜き取ると床に投げ捨てた。


「思い残すことがないと言えばウソになるが、ワシもいい日々だったのかもしれないのぅ」


 そのままその場に胡座をかいて座り込み、ユウは遠くない己の死期を大人しく待つことにした。


「……シュシュ、マリー、ナルキス、フランク」


 天井を見上げ、それぞれの名前を呟くように言い、笑う。


「すまん、ワシはここまでじゃ」






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