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効かない鼻


「な、なんじゃあ? ワシじゃ! こやつワシになりおった!」


「わ、私はいったい何を見て……これが授能、というものですか……」


 狼狽える2人。しかし、もう1人のユウとなった男は落ち着いた様子で小さく咳払いをする。


「この姿ならアイツらに近寄っても怪しまれないはずだ。お前が血桜を手に入れるまでの時間を十分に稼げよう」


 男の授能は相手の細胞を体内に取り入れることによって持ち主の姿形を完全にトレースする能力。細胞の情報が詳細であり、かつ多量に取り入れるほどトレースの時間は増加するが、今回はユウの髪の毛を1本。これならばせいぜい10分そこらが限界。それでもシュシュ達を足止めし、実行班のユウらがアウレアから血桜を奪い取るには十分な時間だと顔無しは踏んだ。

 時間制限はあるもののどんな人間にも成りかわることのできる能力。人によってはこの能力を羨む者もいるだろうが、顔無しが顔無しとなった所以。日時的にこの能力を使用し、己の真実の顔がわからなくなった男が自ら顔に酸を浴びせたことも自身の能力を詳細に説明することもこの先はないだろう。


「声までユウさんそっくりです。というかユウさんそのものとしか……」


「な、なんじゃ、自分と同じ顔の人間が目の前におると思うとなんとも言えぬ感覚を覚えるのぅ」


 一卵性双生児とはまた違った完全なる贋作にユウはガシガシと乱暴に頭をかく。


「じゃが、腑に落ちんのぅ」


「今更、不満があるというのか?」


「不満というほどでもない。これは疑問じゃ」


「疑問?」


「何故、ワシに行かせる? ワシならばお前のように演技をせんでもシュシュ達を足止めすることができる。何故、1番重要な役目を信用もないワシらに任せる? ワシの姿となった今のお前ならば獲物を騙すことは容易のはずじゃ」


「あ、あの……頭がおかしくなりそうなので同じ声同じ見た目でで会話するのはやめませんか?」


「……魔女は恐ろしく鼻が効く」


 フランクの言葉は当然のように無視され、顔無しはユウに背中を見せたままそう言った。


「俺には人殺しの臭いが、血の臭いが染み込んでいる。当然だ、リュゼ様に仕える前からも仕えた後もこの能力を利用して大勢の人を殺した。奇妙なことだが、この任務の対象、魔女と呼ばれた大罪人はその臭いに酷く敏感だ。俺が近付けば交渉も不意打ちの余地もなく、魔女はすぐさま反撃もしくは逃亡の選択を取るだろう。考えてみろ、それが可能なら最初からお前らなぞに頼みはしないとな」


「ワシならば近づけると」


「そうだ、お前には血の臭いを感じさせない。俺も同類にはそれなりに鼻の効く方だから間違いない。殺しを知らない無垢で淀みのない瞳のお前ならばあの魔女も心を開くかもしれないからな」


「……開かなかったら?」


 後ろ手に顔無しは腰に差していた短刀を抜き、ユウに差し出す。


「ワシに同類になれっちゅうことじゃな」


「なるかならないかはお前次第だ」


 ユウは小さく舌打ちをして腰の辺りにその短刀を差し込む。抗争の際、ドスをサラシに差して飛び込んだかつての記憶が蘇った。


「足音と声が近付いてきた。急げ、ここは俺が凌ごう」


 迫るシュシュ達の声に顔無しは急いたように早口で言う。


「急ぎましょう、ユウさん。もしものことがあった場合、あの子達に凄惨な現場を見せるわけにはーー」





「ーーフランク、お前はここに残れ」





 瞬きを繰り返すフランク。


「……は? ユウ、さん? なんと?」


「老いて耳が遠くなったか? フランク、お前はここに残れと言っとるんじゃ」


「な、なんでですか? ユウさん1人では危険です! 相手は大罪人、魔女と呼ばれた人なんですよ!」


「そうだ、時間稼ぎならば俺1人で十分。戦闘になった場合、頭数は多い方がいい。ただでさえ脆弱なお前達なら尚更だ」


 ユウは首を横に振る。


「お前はシュシュらを舐めすぎじゃ。アイツらは思ったよりずっと賢い子たちじゃぞ? 偽物のお前1人ではすぐにボロが出るじゃろうが、本物のフランクがおれば少しばかりのボロは誤魔化せるじゃろう」


「た、たしかにシュシュさんやマリーさんって妙に目ざとい時ありますもんね」


「それにフランク、お前はワシが人を殺すところを、皮膚を裂き、肉を貫き、臓物を突き刺す様を、辺り一面を鮮血に染め、赤黒い返り血を浴びたワシを見て正気を保っていられるか?」


 想像し、フランクは顔を引きつらせたようなぎこちない笑顔を浮かべる。


「自信はないかもです」


「じゃろう、手を汚すのはワシ1人で十分じゃ。それが組の主っちゅうもんじゃろう」


 誘導されるようにこの場に残ることになったフランク。その予期せぬ事態に顔無しの顔が苛立ち、強張ったのは誰も知らない。

 迫り来るシュシュ達の気配に耳を澄ませる顔無しの後ろでユウはフランクにぼそぼそと耳打ちをするとその肉付きのよい大きな肩を叩いた。


「それじゃあの。ちょっくら行ってくるわ」


 今から人を殺めかねない状況に関わらず、ユウは悠長にログハウスへ向けて歩いていく。かと思えば何かを思い出したように途中でくるりと振り返り、ユウは顔無しの背中にこう告げた。


「お前の鼻ぁ全然、効いとらんぞ」


 全てを見透かしたように目を細め、ユウは微笑むとログハウスの中へ静かに消えていった。

 




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