顔のない男
未だ、帰らないシュシュとマリーに一抹の不安を覚えながらもユウ達は馬車に揺られ、城下町外の森の前に辿り着く。
要らぬ心配はさせまいと一応は自宅の机に書き置きを残しはしてきたが、何か得体の知れない胸騒ぎがしてならない。
「……対象はこの奥だ」
この移動中にもフードを深くかぶったまま素顔を見せようとしない男はぼそぼそと呟くように言い、先頭を切ってゆらりゆらりと亡霊の如き足取りで進んでいく。
その後に続き、城下町から目と鼻の先にある深い森へとユウ達も続いて入る。日が暮れゆく時間とはいえ空にはまだ真っ赤に輝く太陽が顔を覗かせている。にも関わらず、この得体の知れない森にはその光りさえも届かないようで奥に行けば行くほど暗闇となっていく。姿の見えぬ鳥達が魔女の館へと導くように鳴き、不意に吹いた風に草木がざわざわと揺れ動く。
対象に気づかれないようにと敢えて松明などの光源は持たぬことにしたが、この暗闇では相対する前に森の闇に飲み込まれてしまう、そんな気がした。
「……止まれ」
足場の悪い道を歩くことものの数分、何かに気付いた男が手を出して2人を止める。
後ろから覗けばそこに一軒のログハウスがあった。窓からは暖かな光が漏れ、屋根より伸びた煙突からは白い煙がもくもくと空へ昇っている。
命を狙われていることも知らず、夕餉の支度でもしているのだろうか。周囲には思わず腹の虫がなってしまいそうになる香りが漂っている。
「あれがアウレアとかいう罪人のアジトじゃな」
「そうだ」
「なら、何故止まる? ワシらはこんな腐った仕事一刻も早く終わらせて帰りたいんじゃ。まさか、ここへ来てフェーシエルのお前が日和ったわけじゃないじゃろうな」
「俺はフェーシエルの人間ではない」
「あぁ? ならお前はどこの何者じゃ」
その問いに返答はなく、男は顔を動かし2人の視線を誘導する。見るとこちらへぼんやりとした灯りが近付いて来ているようだった。
「灯り? 小さな灯りが向こうから近寄ってきますね……そのアウレアさんとか言う人でしょうか?」
「アホ、なら中で飯炊いとるんは誰じゃ」
「罪人とはいえ、いや、罪人だからこそ仲間がいないとは言い切れないじゃないですか」
「確かにそうじゃが……」
何かを言おうとしたユウの口がぴたりと止まると後を追うようにフランクも同様に口を結ぶ。
なんてことはない。ただ単に気付いてしまった、それだけだ。
「ユウさん、あ〜聞こえますか?」
「うむぅ……」
「あれって……ですよね?」
「……じゃろうな」
聞き慣れた、いや馴れ親しみ過ぎた声に2人はバツの悪そうに眉間に皺を寄せる。まさか、今から人を殺めるかもしれない現場にシュシュ達がいるとは、罪人と人知れず知り合いになっていたとは、マリーに人殺しを咎めながらも自らがそれに手を染めようとしているとは、と様々な思考が2人の頭上を飛び回る。
「知り合いか?」
ただ1人、それを知らない男がこちらに振り向き尋ねると2人は揃って首を縦に振った。
知り合いも何も声の主の3人中2人はギルドメンバーだと言えずに。
「そうか、ならばちょうどいい」
そう言って男は一向に脱ごうともしなかったフードを突然、取り去りユウ達の前に顔を晒す。
その男に顔はなかった。
いや、厳密にいえばあるにはある。だが、顔の全体が溶けて形成するパーツが曖昧になった平べったい顔。薄い顔とはまた違い、それはまるで顔面という形のキャンバスを見ているような気にさせ、男の陰気な雰囲気と相まって不気味さと不安感を煽る。
「お前……顔は……」
「髪の毛を一本貰うぞ」
驚嘆するユウの頭に男の白くやせ細った腕が伸びる。その手はユウの亜麻色の髪を指先で掴むとさしたる配慮もなく、引き抜いた。
「ぬがっ! な、何をするんじゃ?」
「時間がない、少し黙ってろ」
何を思ったか、男はその髪の毛を口元に運び、飲み込む。凹凸のない顔が無感情、無表情にさながら蛇のように自身の毛髪を飲み込む様にユウは鳥肌を立てる。
「な、おま……キモいのぅ……」
男の奇行にユウ、傍目から見ていたフランクも言葉を無くすが、その矢先、男の容姿に変化が見られた。
溶けたような顔がギシギシと骨が軋むような音をさせて凹凸をつけていくかと思えば、禿げ上がった頭部からはズルズルと亜麻色の毛髪が伸びてくる。変化はそれだけに止まらず、ひょろ長かった男の体が悲鳴を上げて徐々に徐々にと縮み、何かを形成していく。
「こ、これは……ユウさん」
それは紛れもなくフランクの隣に立つユウと同じ。何もかもを無視したようにあの細く背の高かった男の身体が小さく縮み顔だけでなく、背格好まで完璧に模倣されていたのだ。