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独り言は茜空に消えていく


「おい、ボクは焚き火に使う木を拾ってこいとキミ達にしっかりと伝えたはずだが? ふざけてるならグーで殴るぞ」


「拾ってきたよ?」


「焚き火に使うんだ、こんな湿った木で火が起こせると思うのかい?」


「知らないよ、そんなの。先生は枝木を拾ってこいとしか言わなかったし……」


「少し考えれば分かりそうなものだがな。やはりキミ達のような子供に物を頼んだのは失敗だったか」


 ギルティアから子供の足で半日ほど歩いたそう遠くもない山間部、その少し開けた野営地でナルキスと共に子供達はテントを張って夕食の支度をしていた。

 子供たちに刃物や火を扱うのはさすがのナルキスも任せることは出来ず、本日の炊事担当を請け負った彼が雑務を終えて帰ってきた子供達に対した放った言葉である。とてもいい大人が子供相手にする態度ではないと思うが、わりと子供たちの方はそれはそれで楽しんでいるようで首を傾げるナルキスを真似、ケタケタと無垢に笑うと新たな枝木の調達に林の方へ駆けていった。


「ねーおにいちゃん。お魚、取ってきたよ」


「うん、先生の言う通りにしたらたっくさんお魚さんとれたんだ!」


 それと入れ替わるようにやってきたのはアメリを含めた男女5人のグループ。籠には大量の魚。重いそれをどうやら全員で協力し、運んできたようだ。

 褒めることも労うこともなく、ナルキスは籠の中を覗き込むと失笑。


「はっ、どれもこれも小魚や美味と言い難い安魚ばかりじゃないか。せっかくこのボクが腕を振るうんだ。それなりに良い魚じゃなければ興が乗らない、そう思わないかい?」


「ううん、別に。アメリたちはみんなでご飯食べてお腹いっぱいになればそれでいいもん」


「うん、お魚取るの疲れたしねー」


「ねー」


 幼くとも女は女らしい。

 アレコレと屁理屈をこねるナルキスを一蹴した女子3人は聞く耳を持たず、半ば強引に魚を渡されてその場を去っていってしまった。


「……お姉さま」


「んぁ?」


 その様子を遠巻きに見ていたビスチェの呼びかけに隣にいたヨーコが応える。

 護衛という名目でリュゼに派遣された者たちこそこの2人であった。


「あれが……先生ですの?」


「らしいねー」


「あれが子供たちに教養の手本となる存在ですの?」


「らしいねー」


「あれが教師ですの?」


「おいおい、同じような質問を何度もするんじゃないよ。アンタはそんな頭の悪い子じゃなかったろ?」


「だ、だって信じられませんわ!」


 小さな身体を大きく震わせてビスチェは叫ぶ。


「あんな粗暴で思いやりのない自己中心的な男が人に物を教える見本的立場にいるなんて絶対に間違ってますもの! 子供たちに対してあんなふうに接するのが立派な大人のすることですの? 自分のためにしか物事を考えられない大人が教師を名乗って良いんですの!?」


「いやいや、あれで存外、人気者みたいじゃないか。辛辣に思えるような言葉にもなんとなくだけどあたしには愛を感じるよ」


「お姉さまを愛しているのはわたくしだけですわ! あんなキザったらしい嫌味な男に騙されないでください!」


「あー……そういう意味じゃないんだけどね」


 ヨーコは苦笑いを浮かべて頭をかく。


「なんだろうね、普通はあんなふうに悪態を吐かれれば意味を理解していない子供とはいえ少しぐらい嫌な気持ちになるもんだろ? それが子供たちに一切ない。まるで心のおける仲間、家族や兄弟みたいな仲を感じられる。子供は素直だからね、嫌な人間にあんなふうに接したりはしないはずなんだよ」


「そう……ですかね……?」


「それに自己中心的に子供たちに雑務を任せて怠けてるわけではなさそうだよアイツは。こういった非日常で生きる術を身を以て体験させ、頭だけでなく体にも覚えさせる。もし、この子たちが山で遭難したとしても生きるためのそれなりの知識は揃っている。凶悪な魔物にでも襲われない限りは救助まで生き残ることはできそうだ」


「いいふうに解釈しすぎではないんですの?」


「あはは、そうかもしれないね。でも、怠けてないってのは間違いじゃないよ。アンタも感じるだろう?」


 数秒の間の後、ビスチェは静かに頷く。


「警戒されてますわ」


「あぁ、あたしたちだけじゃない。枝木を拾いに林にいった子供たちにも魚を取りに小川に行った子供たちにもテントを張っている子供たちにもこの場にいる全ての人間に危害が及ばないよう気を張り詰めているようだね」


 神妙な顔で頷いたビスチェの元に数人の子供が歩いてくる。


「ねー、あのね先生があのチビっ子と不良女にも何か手伝わせろって」


「チビっ……!?」


「ああいう誰とでも同じ目線で立ち、変な気遣いをしないやつの方が先生に向いてるんだとあたしは思うよ」


「はやくしてっ、ごはんたべれなくなっちゃう」


「な、ちょっ、服を引っ張らないでくださる!?」


 すでにヨーコの言葉など届いていないだろう。子供たちに囲まれて引っ張られていくビスチェの姿を微笑ましく思い、不思議と頬の筋肉が緩む。

 そして、その後にゆっくりと続きながらヨーコはぽつりと漏らした。




「この子たちを殺せ、なんて命令はよしてくれよ姉御」




 希望ではなく、懇願のようなその独り言は夕焼けに吹くそよ風にかき消され、誰に届くわけもなくひっそりと消えていった。




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