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交渉ではなく脅迫

 やはりこいつとは相容れない。いや、それどころか無力な子供を人質に交渉を迫ってくるその様には酷い嫌悪感が込み上げてきた。


「……やめとけ」


 怒りのまま、ほぼ反射的に蹴り上げそうになった机ごとリュゼの手によって抑えられる。蹴り上げたくても蹴ることができないと言った方が正しいか、リュゼの片腕一本に負けるほどの脚力なのか、ユウの噛んだ唇に血が滲んだ。


「そんな三流のチンピラが使う手に私が虚をつかれるとでも思ったか? あわよくば私の頬に一発喰らわせることができると思ったか?」


 リュゼはゆっくりと葉巻を吸い、長く煙を吐き出す。


「命の無駄だ、やめておけ」


「うぐぅッ!?」


 ユウの視線がわずか数秒、リュゼに固定された隙を突いて後ろにいたフランクが軍服の男に腕を取られていた。


「……ちっ」


 苛立ちが隠しきれない。可憐な顔に似合わず、酷く不機嫌そうに舌打ちをしてユウは大きく首を振る。


「……ワシらに殺しをやれっちゅうんか?」


 猛獣のように怒り狂うユウの眼差しを浴びて尚、リュゼは涼しい顔で葉巻をふかし、


「それはお前たち次第だ」


と目も合わせず平然と答える。


「こんなもん依頼や交渉じゃない。単なる人質を盾にした卑怯な脅迫じゃ」


「はっ、卑怯? なるほど。そうも取れるかもしれないな」


 吐き捨てるように言うと共にリュゼの伸びた手がユウの頬を掴む。






「私たちが今日、この時にこの場所に来ることを知らなかったお前らが真っ当な取引ができると思っていたのか、小娘」






 その言葉には周囲の味方たちでさえ圧倒させる担がこもったものだった。


「貴様らが一日中、敵の動きを知ろうともせず怠けていた故にこの一方的な交渉は起こったんだ。もしも、先んじて私らがここに来るだろうことを知り、一つでもこちらが不利になるものを持ってさえいれば、こうはならなかっただろう」


 ユウの顔を掴む手がギリギリと締め付けるように強くなったかと思えば、愛撫するようにやさしく撫でさすりその手が離される。


「恨むのならば貴様ら自身を恨め。堕落が招いた結果だとな」


 リュゼの高圧的な態度には勿論だが、それよりも、何もできぬ自分に腹が立って仕方がなかった。自信のあった武力も知力も言葉でさえも言い返せぬ自分の無力さ、いったい何度この気持ちを味わえば良いのだろうか。ユウは己を酷く恨んだ。


「ワシは……ワシらは何をすればいい……」


「……ユウさん」


「話がわかるじゃないか。いい子は好きだぞ、お嬢ちゃん」


 リュゼの舐めきった態度にユウは爪が手のひらに食い込むほど強く拳を握って耐える。


「その震えは怒りか? それとも恐怖か? ……まぁいい。聞かなくともわかりきっているからな」


 小馬鹿にしたように鼻で笑い、リュゼは煙を吐く。


「そう構えるな。実に簡単な依頼なのだからな。なに、私たちはお前らにその大罪人からあるものを押収してきて欲しい、それだけだ」


「なんじゃ、殺しじゃないんか」


「言っただろう、それはお前たち次第だ、と」


「大人しく相手が従えば良し、反抗するならば……っちゅうことか」


「あの魔女が大人しく、なんてことはあり得ないと思うが、その考え方でいい。こちらも依頼した身、お前らがギルド所属者以外に手をかけたとなればもみ消すのに少々の手間がかかるからな」


 含みのある物言いにユウは若干の猜疑心を持ち、眉間に皺を寄せる。


「そのある物っちゅうのはなんなんじゃ」


「知らなくていい、と言いたいところだがこちらも意図せぬガラクタを持ち帰られても困る」


 すっかり短くなった葉巻をグラスの水に落とし、リュゼは足を組み直した。


「およそ半世紀前、この大陸で起きた戦争を知っているか?」


「いや、知らん」


「無知も大概だな。まぁ、いい。その戦争の際、一国を灰塵と化した凶悪な爆薬があった。世では『血桜』と呼ばれている殺戮兵器がな。なんでも、爆けた火炎がヒラヒラと宙を舞う様子からその名が付けられたと言うが、そんなことはどうでもいい」


「桜……桜か……」


「その大罪人はその血桜の発明者。そして今も尚、その爆薬を所有し、この国を滅ぼそうと企てていると情報が入った」


「テロリストっちゅうわけか。なるほど」


「私らもこんな態度を取ってはいるが、一応は治安維持を仕切っている。何度も言うがな。つまり、これはこの国のためだ」


 正義のため、そうは言うがそうではないと確信を持てる。子供を人質に取るような奴がそんな大層なことを思っているはずがない。

 しかし、ユウは追求することもせず黙って首を縦に振った。


「わかった、その『血桜』っちゅう爆薬を持って帰ればいいんじゃな」


「深くは聞かないか、賢い判断だ」


 薄い笑みを浮かべたリュゼは胸元から銀製の懐中時計を取り出し、机上を滑らせてユウに寄越す。


「敵にいつ知られるかわからん。期限は明朝。貧乏な貴様らだ。その時計は貸しといてやろう。それとこちらからも護衛を1人貸してやろう。案ずるな、下部組織の兵だ。顔はまだ、割れていないだろう」


 リュゼの後ろに控えていた1人が前に出る。軍人らしからず酷く痩せ細っており、黒いローブを深くかぶって顔を隠していた細長い男だ。


「護衛? 見張りの間違いじゃろうが」


「そう取っても構わん。しかし、血桜を持ち逃げしようなどと馬鹿な行動はオススメしないがな」


 机の上に紙を1枚置いてリュゼが立ち上がるとその痩せた男を残してフェーシエルの軍人たちは規律の取れた動きで長の帰り道を作り始めた。






「大罪人の名はアウレア・サピエンティア。奴が潜んでいる場所はその紙に書いてある」






 遠ざかる軍靴の音。その背中を睨みつけ、ユウは告げる。


「もし、ナルキスや子供たちに手を出したら命だけじゃ許さんからのぅ」


 迫真の言葉にもリュゼの足は止まることはなく、その背中は軍靴の足音だけを微かに残して扉の外へ消えていった。

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