気に入らない
こちらを嘲るような態度を取るもののウソをついているようには思えなかった。他に何か思惑があるならば、少しでもそんな匂いが漏れ出るものだが、わずかなそれも感じ取ることはできない。
「依頼? お前らは上級ギルドとやらなんじゃろうが。そんなもんワシらに頼まんでも自分たちでやればいいじゃろう」
「私だって可能ならばそうするさ。自分以上に仕事の成果を期待できる優秀な人材はいないのだからな」
リュゼは謙遜することもなく、鼻で笑ってユウの言葉を一蹴する。
「したくてもできないのだよ。私らは顔も割れていれば警戒もされている。この私直々に手を下してやりたいが、近づけば姿を眩ませられるか、奇妙な魔具で煙に巻かれるだけだろう」
「なるほど……それでお前らと繋がりのないワシらならば容易にホシに近づけるだろうっちゅうわけか」
「相手は世界中人々を殺めた大罪人だ。貴様らのようなひ弱な小娘たちにそいつと対峙して来いというのも少々、心苦しいがな」
こちらを案ずる気など微塵もないのはよくわかる。言葉ではそうは言うが、態度は恐ろしい程に顕著だ。気のない言葉と吐き出した煙を正面に浴びながらユウは片方の口の端を少しだけ上げる。
「報酬は言い値を用意してやろう。それ以外の私の力が及ぶ範囲、まぁ忖度はするだろうが金以外を望んだっていい。これはお前らにとっても悪い話じゃないはずだ。こんな廃墟に住むお前たちが一夜にして大金、いやそれ以上をつかむ機会を得ることができるばかりか上級ギルドである私たちに恩を売ることもできるのだからな」
「ユ、ユウさん……ど、どうしましょう。現状、動けるのは私たちだけ。実質、この依頼はユウさんと私、2人でこなさなくてはなりません。か、かと言って……断れる雰囲気ではなさそうですが……」
おどおどとどもりながらユウに耳打ちしたフランクは自分らを取り囲む屈強そうなフェーシエルの団員たちを見渡して、大きな体を子猫のように縮みこめた。
フランクの言うことはもっともだ。相手が大罪人、それも何人もの人をその手で葬ってきた者ならば戦闘は避けられるとは思えない。ケンカには自身があったが、べラムとの一件以来、この世界でそれは通用しないことは痛いほど理解したつもりだ。
圧倒的に戦力不足。
ユウは宙を漂う煙を鬱陶しそうに振り払い、リュゼの顔を睨みつけた。
「断る。金に困っていない……というとウソになるが、どうもワシはお前のことが好かん。お願い事をするにしちゃあ横柄な態度を取るわワシがヤニが嫌いなのを知らないといえ許可もなく、煙をふかすわ。終いには人様の食器を灰皿替わりするときたもんだ。……どうもワシはお前という人間と仕事をしたいと思えんのじゃ」
一瞬にしてリュゼを含めたフェーシエルの面々が纏う空気がピンと張りつめたのを感じた。
断るにしてももっと言い方があったはず。四方から飛んでくる殺気の数々にフランクは堪らず、巨体をユウの後ろに隠すが、そのユウの口は止まらない。
「大体、自分らにできないことをお願いしにきとるんじゃろうが。頭の一つでも下げられんもんかのぅ。金は言い値でいい? 阿呆。そんなもん当然じゃ。こっちからふんだくってやるからいちいちそんなこと偉そうに言わんでいい」
フランクの頬を冷たい汗が一筋、伝っていく。
気が気じゃない。なにせ自分の隠れる背中の主はこのギルティアで最高権力者の一人とも言える相手に説教を垂れ始めたのだから仕方がない。誰だってこの光景を目にすればフランクと同じ行動を取ったはずだ。
「じゃから、その依頼とやら他を当たってくれ。ここは下層じゃ。その条件なら依頼を受けたいというやつはごまんといるはずじゃからの。なに、協会の掲示板にでも張り出しておけば数秒と待たずに相手は見つかる」
厄介な勧誘を追い返すような態度でユウはひらひらと手を振った。
「……はっはっは!」
今にも腰に差した軍刀で首を切り落とされそうな空気。不気味なほどに静まり返った空間で聞こえたのは意外にも怒号や悲鳴ではなく、フェーシエルの総帥リュゼの愉快そうな笑い声だった。
粗雑に追い出されそうになっているというのに気でも触れたのか、ユウは訝しげに眉根を寄せる。
「未だに私を相手取り、そんな口を聞けた奴がいるとは思わなかった。なるほど、ヨーコのやつが気に入ったのも頷ける」
一頻り笑うとリュゼは目尻に浮かんでいた涙を人差し指で拭い、
「学舎の子供たちはどこかの新米教師と共に林間学校なるものに行っているらしい」
葉巻を吸い、口元を手で覆い隠しながらリュゼは静かにそんなことを言った。
「どういうことじゃ……」
「子は国の宝だ。出先で何かあっては困るとギルティアの治安維持を仕切る我々からも幾人かの警護を出していてな。なに、ふとお前の顔を眺めていたら思い出しただけだ」
「おんどれ、ガキぃ人質に取るつもりか」
「バカを言うな。子は国の宝だと言っただろう。……が、もしかしたら何か出先で不幸が起こるかもしれないな。例えば土砂崩れ、山火事、洪水、野盗。そうなれば子供たちの命も危ないだろう。いや、子供たちを守ろうと必死に助けようとした教師がもっとも酷い死に方をするかもしれない」