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軍靴の音

 同時刻。

 日が落ち始め、空が紅色に染まりかけた頃。夜の帳を下ろすには些かの時間はあるが、暗くなる前にと商人たちが店先の物を片付け、店じまいの準備をし始める時間。


「ぬおぉ〜〜暇じゃ退屈じゃ自堕落な一日じゃ〜」


 寝転んだソファに頭からずり落ちたまま、年頃の少女にしては無防備でだらしのない格好でユウは唸るように呟いた。


「たしかにシュシュさんとマリーさんは朝から用事があると出かけ、ナルキスくんは学舎の林間学校で明日まで帰ってこない。店は行商の遅れで仕入れが上手くいかずにやむなく店休、本当に何もすることがない一日でしたね……」


「ぬぐぅ……退屈じゃ死んでしまう。ワシは退屈が一番嫌いじゃ〜何か仕事をくれ〜なんでもいいから仕事をくれ〜」


「ん〜、ほら、ユウさん。お散歩なんてどうですか? 夕暮れに染まるギルティアをお散歩! いいじゃないですか、行きましょうほら」


 フランクがそう提案してみるが肝心のユウは逆さまになったまま動かず。


「アホタレ、誰が散歩なんて現役を退いた老獪がやるもんに行くか。それにギルティアなんぞとうに配達の仕事で歩き尽くしとる。今のワシならそこらの野良猫にも負けんぐらい小道、近道を知っとるわ」


「い、いや、別に散歩は老人がするものではないですよ? 意外と奥深く高尚な趣味の一つなんですって。静かになり行く街並みを見渡しながら茜雲の空を見上げちゃったりなんかして不意に昔のことを思い出して嬉しい気持ちになったり、つい吹き出しちゃったり、はたまた恥ずかしくなったりする風流なものなんですから」


「だからそれが年寄り臭いと言うんじゃ」


 程よく引き締まったユウの腹部がめくれ上がった服から覗いたのを見て、フランクは慌てて目を逸らす。

 さすがにもし自分に娘がいたのなら同じくらいの年齢の少女に我を忘れて欲情なんかはしないが、妻に先立たれてからしばらく。いつその自制心のタガが外れてしまうかわからない状態でこの密室の中で2人きりという状況。間違いを犯してしまってはせっかくのギルドに入団したことも水の泡になってしまう、とフランクは壁の穴を必死に睨みつけながらユウに衣服の乱れを直すように告げた。


「フランク、ワシはのぅ仕事がしたいんじゃ」


 重そうに身体を起こしたユウは遠い眼のまま安物の茶を啜り、嘆く。


「仕事はいい。汗水を流して働き、どんなに少ない給料でもその仕事を成し遂げた時の達成感は自分を一つ成長させたように感じさせる。クタクタになった身体、疲労で足腰も立たない状態で飯を喰らい、安酒でべろべろになって泥のように眠る、これ以上、生きていると実感できることはない」


「いやぁ……まぁ確かにそうですが、世には仕事なんかしたくないという人の方が多いぐらいですよ? 現にナルキスくんなんて家を出るまで長々と愚痴を漏らしてましたから」


「別に共感しろと言っとるわけじゃない。ワシはそうやって生きてきたからこうして何もない日々を退屈に過ごすの嫌、と言いたいだけじゃ」


 怠けに怠けたせいか、硬くなった身体をほぐすように大きく伸びをしてユウは長い息を吐く。

 ぼさぼさになった栗色の髪と覇気のない顔つき、とても活気に溢れたいつものユウと同一人物には思えない。この姿を見せれば、いったいこの街にいる何人のファンが幻滅するだろうか。まさしくその姿はユウの嫌う退屈な老人である。


「ギルド依頼も全滅、あるとすればとても一日で帰ってくることのできなさそうな遠征討伐ぐらいで武力も人数も足らんワシらは完全に手詰まりじゃ」


「まぁ、ナルキスくんもマリーさんもいない中、私たちだけで行ってもアレですからね」


「ギルドっちゅうもんに夢を見ていたのかもしれんのぅ。国を変えると意気込んだはいいが、これじゃ暇な時に小金を稼ぐ日払いの仕事とそう変わらん。血湧き肉躍る、そんな物騒で野蛮な日常に期待しとったんじゃろうか。……ワシはどうあがいてもヤクザ者っちゅうことじゃな……」


「わ、私はそんな物騒な世の中は嫌ですよ。ギルティア内で事件もなければ、近隣を襲う魔物もいない。素晴らしいことじゃないですか。平和が一番だと思いますよ、私は」


 無言の間。


「ひょっ、ひょっとしたらユウさんがこの国を変えてやる〜というのがようやく周囲に知れ渡って、今まで罪を犯していた輩も無闇矢鱈に手を出せない、なんてことは」


「フランク、静かにせい」


「お、怒らないでくださいよ。別にやる気がないわけではないですよ。私だってギルドに夢を見た身、抗争に勝ち残り、一国の頂点に立つ、なんてのは分不相応ながら妄想したりなんかはするんですから」


「だから静かにせんか!」


「は、はいっ!」


 猛獣のような鋭い眼光に睨まれ、フランクは巨体を跳ねさせて口を覆う。

 そのまま会話のない無の時間が流れるが、ユウの視線は我が家の扉に、ボロボロで開閉の度に耳障りな軋む音をさせる玄関扉に固められたままであった。


「聞こえんか? 足音じゃ」


「え? ……あ、はい。微かにですが軍靴のような音がいくつか」


「ここらに民家や商店はない。一日家にいたんじゃ、周辺で事件が起こったなんてこと、ないのは知っとる」


「では、いったい……」


「近付いてきとる。どうやら、ワシらの家に用があるようじゃな」

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