出会い、青い恋
「あはは、やっぱりユウさんだ。その喋り方ですぐにわかったよ」
不意に自分の名を呼ばれ、警戒混じりに振り向く。
極道の親分という役割柄、見ず知らずの他人に名を呼ばれるときは決まって良いことがない。どこぞの鉄砲玉の襲撃か話し合いという名目の拉致か、エモノをチラつかせて物言わさぬ圧倒的不利な交渉か。
だが、どれも幾度か死にかけることがあったものの己の剛腕で退けてきた。きっと今回も、と意気込むがそれはすぐに解かれることとなった。
「なんじゃ、セルシオの小僧か」
「……誰ですか?」
「なんじゃその……ワシが借金した相手じゃ」
声を潜めて耳打ちをしてきたシュシュに実に簡略化した紹介をする。
「借金って。あはは、そんな大した額じゃないし、あれはお礼って言ったじゃないか」
昨日見たあの陰気でこの世の終わりみたいな顔はどこへやら、晴れやかな顔でセルシオはケラケラと笑う。
例え、1万円ぐらいの借金と言えどもそれはれっきとした借金。お礼と言われてもユウがしたこと言えば話を聞いてやっただけのことだ。
その金で気の良いマスターとの出会いや極上の酒に巡り会えた。お礼を言いたいのはこちらの方だと喉まで言葉が出かけるが、
「それよりも聞いてよ! 僕、ユウさんに言われた通り死に物狂いで頑張ってついさっき中級ギルドへの入団が決まったんだ」
嬉しい報告により飲み込まされる。
「おう、おうおうおう! やったのぉ!」
「はい、やりました!」
たった一度、話を聞いてやっただけではあるが、それは自分のことのように嬉しく感じ、ユウは力強くセルシオの肩を何度も叩く。セルシオは若干、痛みに顔を歪めながらも照れ臭そうに鼻を掻いた。
「わぁ! すごいですね! 中級ギルドなんて今じゃそうそう入れないんですよね! おめでとうございます!」
「あ、ありがとう! えっと……君は……?」
「わたしシュシュって言います! ユウちゃんの親友です!」
祭りのこととつい先ほど聞いたテレサの話から中級ギルド以上に入団することが昨今では極めて難しいことは容易に想像できる。
傍で聞いていたシュシュも初対面の相手に心の底から祝いの言葉を告げ、満面の笑みを贈った。
「あ、あの……ユウさん……」
途端に様子がおかしくなったセルシオはグッとユウに顔を寄せて小さな声で耳打ちをする。
「こんな可愛い子の友達がいるんだったら言ってよ。言ってくれたら僕だってお洒落をしてきたのに」
「……あぁ?」
怪訝に顔をしかめるユウ。
「恥ずかしいよ。今日ここにはギルド入団の手続きに来ただけなんだからさ。これじゃあ僕がダサい男に思われてしまうじゃないか」
言っても何もセルシオの連絡先も知らない、いやその携帯電話のような連絡手段があるのかもわからないが、もしも最初に出会った時に言ってくれと言うのであればそれは無理な話だ。自分だってシュシュと出会ったのはほんのちょっと前のことだし、もしセルシオより先に出会っていたとしてもあの状況、そんな話をする余裕も聞く余裕もなかっただろう。何より、ユウが今日この時間にここへ来たのも、セルシオと会ったのも単なる偶然なのだからいよいよどうしようもない。
「お前、もしかして……惚れたか?」
仕切りに前髪を気にして指で弄るセルシオの横面に問いかけるとあからさまな動揺を見せた。
なるほど恋に落ちたのなら支離滅裂な物言いも納得できる。
「大きな声で言わないでくださいよ!」
「どうしたんですかぁ?」
「い、いやなんでもないです! こっちの話なんです!」
小鳥のように首を傾げたシュシュに向かって大仰に手を振ると、セルシオはユウの手を引いて壁際に連れ出した。
「仕方ないじゃないか。あんな可愛い子、惚れるなっていう方が無理だよ!」
「いやぁ、ワシは別に咎めているわけではないが……」
シュシュに引けを取らない、いや人によればそれ以上の美少女ならばすぐ目の前にいるのだが、ユウの独特でいておっさん臭い言葉遣いがそれを帳消しにしてしまっているのだろう。セルシオの琴線には触れなかったようだ。
「お金なんてどうでもいいからさ。ものは相談なんだけど……あの子と食事の機会を設けてもらえないかな?」
「あぁ? そんなん自分で言えや」
「それができないから頼んでるんだろ! お願いだよ」
「まぁ……金も借りたしのぅ。しかし、食事をするか否かはあいつ次第じゃぞ。ワシも無理強いはできん」
「うぅ……わかった。わかったよ、それでいい!」
シュシュに断られたりしたらどうしようか、と一縷の不安がよぎったか、眉を下げて小さく唸った後にセルシオは何度も大きく首を振った。
「それにワシは金は返すぞ。逢い引きと借金はまったく別の話だからのぅ」
「ああああああああ逢い引きなんてっ!? き、君は気が早いよ!」
顔を真っ赤にして首を振るセルシオ。きっと今まで女性経験がないのだろう。
微笑ましく思い、ユウはセルシオの肩に手を置いて数度頷いて応える。
「ワシはかつて『キューピッドユウちゃん』と呼ばれておった。任せとけぇ」
「キューピッドがなんだかわからないが……あの日、君に出会えて良かったと心から思ってるよ。僕は『ゴブリン商会』っていう中級ギルドにいる。段取りができたら……」
「おう、金と良い報せを届けたるわ。なんじゃったらおしゃれ着を見繕ってやろうか」
ドン、と胸を叩き見目麗しい少女の姿ながらかつての組長を思わせるような力強い言葉にセルシオの顔が太陽よりも明るく輝く。
「それじゃ、僕は行くよ! ユウさん、絶対頼むよ!」
そう言い残すとセルシオは去り際、シュシュに軽い会釈をして浮かれた足取りで駆けていく。
ギルドへの入団が決まり、恋が始まろうとしている今、きっと彼にとって人生の最盛期なのだろう。やれやれ、と息を吐いたユウにまたセルシオは振り返り、
「あ、依頼を受けたいなら受付窓口がそこにあるから要件を話すといいよ!」
とご丁寧にジェスチャー付きで説明をして人混みに姿を消していった。
「なんの話をしてたんですか?」
不思議そうにセルシオの背中を見送っていたシュシュが大きな目を瞬かせる。
「……金を早く返せだとな」
「ふ〜ん……じゃあ、わたしたちも頑張りましょうか」
少々、マイナスイメージとも取れるユウの発言を流してシュシュは示された依頼受付窓口に足を向けるとその後をユウも依頼書を握りしめたまま続いていった。
後ほど、依頼書を破いたことで協会職員に怒られることも知らず、呑気な顔で。