祝福の花弁
集中し、滑らかな言葉運びで唄うように清らかに詠唱するシュシュの右手が徐々に青白い光を帯びていく。
そして一連の呪文を唱え終えるとシュシュは頭上に手をかざす。すると、その手を纏っていた光が解き放たれたように空を舞い、やがて停止。皆がその光景に眼を奪われる中で光球は青白から虹色に変わり、パンッと小さな破裂音をさせて弾けた。
「………………は?」
気の抜けたような第一声は友人、クララをもって発せられた。
得意げな顔、生意気に腕などを組むシュシュ。その頭には頭上からひらひらと降りそそぐ色とりどりの紙吹雪を頭に積もらせながら、あたかも最高位の上級魔法を唱え終えた伝説の魔法使いのように佇むのであった。
「どうですか! ビックリして言葉も出ませんか! これぞ、わたしが3ヶ月かけて習得した魔法、祝福のーー」
「ーーくだらな」
「な、なんてことを言うんですかぁ!!」
唾を吐き捨てるように発せられた冷めた一言。
くだらない。
シュシュの披露した魔法は如何にもその通り以外のなにものでもなかった。
クララは冬の空風のように冷めた目で、アウレアはおじさんのくだらないダジャレを聞いたような苦笑いで。唯一、この場で眼を輝かせたのは嬉しそうに紙吹雪を手で追っていたマリーぐらいのものだろう。
「あんた、マジでこんなクソの役にも立たない魔法のために3ヶ月も費やしたわけ? こんなもののために貴重な時間を無駄にしたわけ?」
「む、むむ無駄とはっ! 無駄とは失礼しちゃいますねー!!」
思い描いていたビジョンとは大きく異なった2人の冷ややかな態度にシュシュは手を大きく動かして、遺憾の意を示す。
「誕生日とか生誕祭とか1年の終わりとか、諸々のお祝い事に役に立つじゃないですか!」
「いや、作りゃいいじゃん。色紙切るだけだし」
「わかってない! くぅちゃんはなぁ〜んもわかってない!」
眼をぎゅっと瞑って必死に訴えるシュシュは目を怒らせて人差し指を立てた。
「見てください、この鮮やかな色とりどりの紙吹雪を。くぅちゃんは簡単に作ればいいじゃんとか言いますが、これだけの色紙を用意するには相応のお金がいりますし、これだけの量を準備するには相応の手間と時間がかかっちゃうんですよ!」
確かにシュシュの言う通り、様々な色で舞降る紙吹雪は綺麗だし、こうして話している間も空中の光球は止むことなく次々と紙吹雪を吐き出している。
だが、そうなのだが。
眉根を寄せるクララの意見は代わりにアウレアによって告げられる。
「片付けはちゃんとしとくれよ。こんな散らかせれて帰られちゃたまったもんじゃない」
「それ、量が量だし片付けチョーめんどいじゃん」
「ははっ」
それな、言うと思ったよと言わんばかりのウザたらしい顔でシュシュは短く笑うと人差し指を小さく振った。
「そう、仰る通り! お祝い事の後っていうのは総じて片付けがめんどくさい。そんな悩める祝い手の味方がこの魔法なんですよ!」
「祝い手? お祝いする側の人のことっつー解釈でいいわけ?」
「くぅちゃん、うるさい。ちょっとは人の話を静かに聞いていてください」
クララのふとした疑問を物の見事に両断し、シュシュは続ける。
「いいですか? この紙吹雪は言っても魔法で出来た物なんです。見ていてください」
そう皆の視線を促す先には紙吹雪を吐き終え、だんだんと薄まり行く光球。その光球が完全に姿を消すと同時に床に降り積もっていた紙吹雪も粉雪のように消えて無くなってしまった。
「ね、すごいと思いませんか? 散らかした紙吹雪もこの通り、時間経過で消えてしまうのでなんと片付けいらずなんです!」
「わーすごーい」
クララの気のない言葉と乾いた拍手が室内に響き渡る。
少しだけムッと眉を怒らせたシュシュだったが、不意に下から服がわずかに引っ張られるのを感じた。
「シュシュ……もう一回して……」
人知れず、水泡のように消えてしまった紙吹雪を悲しんでいたマリーだった。
「……えぇ。えぇ、えぇ勿論ですとも!」
この魔法の良さがわかるのはマリーしかいない。さすが我が義妹か、何度も力強く頷いてシュシュが先ほどと同様に呪文の詠唱を始めようと構えた時、アウレアが咳払いを1つ。文字通り、会話を振り払って注視を促す。
「まぁ、魔法の良し悪しは別としてだ……魔法適正、魔法が使えるんならまったく問題ないね」
「は、はい?」
「蛇目蝶……」
「じゃ、じゃもくちょう?」
ぽつりと呟かれた言葉をオウム返しするシュシュ、その尻を力いっぱい叩いてアウレアは不敵に笑った。
「この森にいる蝶さ。そいつを取ってきな。あんた達が望む最高の麻痺毒が採取できる」
「あ、あの……それって……つまり……」
「言っとくが、私が魔具を作るわけじゃないよ」
そう明言し、アウレアはシュシュの鼻を突いた。
「あんたに魔具の作り方をこの私が直々に教えてやるって言ってんのさ」
なるほど、その手があったかとシュシュは手を打ち、マリーと顔を見合わせてパッと笑顔の花を咲かせた。