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唯一の魔法


「美味しい紅茶とクッキーありがとうございました。あ、今度またここに来てもいいですか? マリーちゃん、どうやらおばあさんのクッキーすっごく気に入っちゃったみたいなので」


 露わにしていた嫌悪が風船が萎むように抜けていくのがわかった。

 シュシュの裏表のない、あれほど厳しくあたったというのに敵意1つない無邪気な笑顔を見ていると突っ張っている自分がバカらしく感じた。


「あ〜〜……あたしもまた来るよ。医者になれば薬草のいくつかも必要だし、ばあちゃんから買った方がなにかと安くあがるんだよね。まさか加工のいらない薬草まで渡せないとか言わないっしょ?」


 ケンカしたばかりというのもあり、クララもバツの悪そうに頭をかきながらそう言う。


「それでは……また」


「さよなら」


「ほんじゃね」


 口々に別れの挨拶を告げて少女たちは立ち上がり、ここへ来た時と変わらぬまま和気藹々と賑やかに話しながら遠のいていく。

 本当の馬鹿者は誰だろうか。

 アウレアは天井を見上げてため息を吐いた。

 無垢ゆえに罪を犯してしまった子供とそれを庇い、母や姉、本当の家族のように護るその様。こんな子たちが果たして今までの人間たちと同じように自分を欺き、悲しませるだろうか。断言は出来ない。断言はできないが、限りなく可能性としては低いように感じる。なにせナイフの持ち主は人を殺せば自らも滅びる呪印を施されているのだ。断罪の約錠により四肢を失い、もがき苦しむ人間は幾人も見てきたが、こんな幼子にそれが記されている様は初めて目にする。

 マリーが歩くたびに微かに覗くその忌まわしき呪印を見てアウレアの目頭が人知れずジンっと熱くなった。


「……はぁ」


 いつしか人との接触を断ち、森に住まうようになった。こんな子たちにもっと早く出会えれば、魔女と呼ばれることもなく平和に暮らしていたのかもしれない。




「……待ちな」




 意図せずして無意識にアウレアの口から出た言葉。ドアノブに手をかけて今、まさにこの家から出ようとしていたシュシュたちは振り向き、不思議そうに首をかしげる。


「あ、あぁ……ま、まだ紅茶もクッキーも残って……」


 当の本人さえ、まさか自分の口から彼女を引き止めようとする言葉が出るとは思わず困惑した。


「え? あぁ、いいんですか? じゃあ、クッキーだけユウちゃん達へのお土産にいただきましょうか。ね、マリーちゃん」


「ママは甘いもの、あんまり好きじゃない」


「え? そうなんですか? 前にテレサさんにもらった野イチゴのジュースをすごい美味しそうに飲んでた記憶があるんですが……」


「はは、ユウの親友を名乗っておきながらまさか好き嫌いも知らないとかありえないっしょ」


「むぅ……わかりました。くぅちゃんには今度、箱いっぱいの芋虫をお届けします」


「は、はぁ? マジやめろし! やったらマジで許さないから! 毒盛って裸で市中引き回しだから!……お願い、本当にやめて。これマジだから。マジのやつだから」


 シュシュのことだ、本気でやりかねないと焦るクララ。返答をすることなく、クララのそれはやがて懇願へと変わり、ニッコリと朗らかな笑みを浮かべるシュシュの肩を揺すって涙目で訴えかける。


「ユウちゃんがダメでもフランクさん、こんな美味しいクッキーをあげるのは本当に不本意ですが、ナルキスくんも食べるでしょうし」


 何かを言おうと口を懸命に動かすアウレアを尻目にシュシュはいそいそとクッキーを紙で包み、マリーの下げていた小さな鞄に入れて満足そうに鼻を鳴らした。


「ねぇ、シュシュ? マジやめてよ? 冗談じゃないから、すまないからマジ」


「わかりましたよ。わかりましたから服を引っ張らないでください。せっかく綺麗に縫ってもらったのにまた破けちゃうじゃないですか。その代わり、魔具師さん探しこれからも手伝ってくださいね?」


 何故、脅迫されたにも関わらず、シュシュの要望を受けなければならないのか。納得はできないが、クララは首を縦に2回振ってそれを了承。

 事を終えて再び、帰路につこうとする3人だったがアウレアがそうはさせなかった。

 皺々になった細い腕がシュシュの腕を掴むその様子はさながら子供を帰すまいと企てる魔女か。

 だが、その顔には悪意などなく、どちらかと言えば戸惑いが見える情けない顔だ。


「あの……え〜っと……」


 同様に掴まれた方のシュシュも困惑。

 いち早くアウレアの異変を察したクララが肩をすくめて大仰に呆れた様を取った。


「偏屈は健在だね。なんかシュシュに言いたいことがあるんっしょ?」


「あ、いや、私はそんな……」


 老獪とは思えぬ力で握られていたシュシュの腕がするりと抜け落ちた。


「なに? シュシュたちに胸を打たれて魔具を作る気にでもなったわけ?」


「それはできん。何度も言っておるじゃろうが」


「そうですよ、くぅちゃん。嫌だって言ってるのに無理やり作ってもらおうなんてわたしは思っていませんし」


「あんた、どっちの味方なのさ!?」


 やいやいと戯れ合う2人、アウレアはその中で意を決したように唾を飲み込み、間を割って静かに口を挟んだ。


「…………魔法適正はどんなもんだい?」


「はい?」


「シュシュ、とか言ったね。あんたの魔法適正はどんなもんかって聞いとるんだよ!」


「あ、はい!」


 投げやりになったような態度と大きな声に身を跳ねさせた後、シュシュは口元に指を置いて協会で測った能力値表を思い出す。


「高い、というわけでもなかったですが、ゼロではなかった気がします。実際、1つだけですけど魔法は使えますし……」


「は? あんたが魔法使えるなんて初耳なんだけど?」


「ふっふっふ〜。魔法を覚えたのはくぅちゃんが村を出てからですからね。見たいですか? わたしのとっておきの魔法見たいですか?」


「ん……まぁ……」


 鼻と鼻が触れ合うほどの距離まで近付き、食い入るようにクララの返答を待っていたシュシュはその言葉を聞くや否や、不敵に笑って詠唱を始めた。


「アイテール・カントゥス・カンパニュラ・ドーヌム・ベネディクトゥス」

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