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忌まわしき呪術


「気付いていたんですか……」


 己の皺だらけになった両手を忌々しげに睨みつけていたアウレアの横面にシュシュはその言葉を投げかける。


「年老いたとはいえ、人と物を見る眼だけは凋落してはいないさ」


 そう苦笑いを浮かべてアウレアは机上に置かれたマリーのナイフを指差す。


「一見、なんの変哲も無い子供用ナイフのように思える。きっととても大事な物なのだろうね、綺麗に手入れされていることもわかるが、よくよく見れば血染みの痕がうっすらと見える。人の血ってのはね、そう簡単に取れるものじゃない。頑固な油汚れのように刃の内部へとゆっくり浸透し、禍々しさを感じさせるのさ」


「でもそれだけでは……」


「人がね、怒っている時ってのは隠し事もできないもんさ。そのホーキンスの娘っ子はね口論になった際、こう口走ったのさ。()()()()()()()()()()ってね」


「くぅちゃん」


「な、なによ! あたしが悪いわけ!?」


 咎める白けた視線をクララの顔にぶつけたのを御構い無しにアウレアは話を続ける。


「殺人鬼、その言葉を子供相手にぶつけるにしてはあまりに厳しすぎる。趣味の悪い悪口だったとしてもガキんちょの頃から知っているホーキンスの娘だ。そんなことを口走る子ではないと知っている。ならば、それは真実なのだろう、とね」


「でも、それだけじゃマリーちゃんが切り裂き魔だなんて……」


「簡単なことさ。最近、巷を騒がせた殺人事件で犯人の顔が公表されていないのは何か、そこから推測できたのは三件。あとはさっきからあんた達が呼ぶマリーという名、それは切り裂きマリーと呼ばれた通り魔の名前と合致する。まさか通り名通りの名前だとは思いもしなかったし、まさかこんな子供がとカマをかけたつもりだったがね」


 アウレアの灰色の瞳が俯くマリーを悲しげに捉える。


「……マリーは悪い子。いっぱい反省した」


「あぁ、あんたは悪い子だ。反省したってもう遅い。犯した罪は子供だからといって軽くなるものじゃないよ、この大馬鹿者が……」


 怒っているのか、悲しんでいるのか吐き捨てるような冷たい言葉とは裏腹に後ろを向いたアウレアの横顔、その目にはうっすら涙が滲んでいるように見えた。

 

「違うんです……マリーちゃんは本当にいっぱい反省してるんです」


「なにを言われようが、私はその子に魔具を与えるつもりはないし、それはやりたくてもできないって言ってるだろう。それに本当に反省しているならば然るべき所に出頭するべきだと思うがね」


 もうアウレアに仕事を依頼することも話を聞いてもらうことも無理だろう。そう判断したクララがシュシュの肩を叩き、首を静かに振るが聞かず。


「マリーちゃんはもう人を殺したりなんかしません」


「だから魔具を作れってかい? バカも休み休み言いな。私はね、『人殺しなんかしない』その言葉を信じて何度も裏切られてきたんだ」


 食らいつくシュシュに呆れたように息を吐き、アウレアがこちらを向いた。その瞬間、あれほど憮然としていた表情が僅かに揺らいだように見えた。


「あんた……その呪印は……」


「マリーちゃんの贖罪の気持ちです」


「シュシュ……やめて。マリー、この印あんまり見たくない」


 嫌がるマリーに有無を言わせず、細く小さな腕を隠していた袖を捲り上げるシュシュの姿がそこにあった。

 白く発光する紋様。古代文字で描かれた呪いの術。長く戦場に身を置いていたアウレアにもそれは見覚えのあるものだった。




 断罪の約錠。




 捉えた捕虜に秘密を吐かせるため拷問する際や敵地に潜入する兵士に逆に秘密を守らせるために用いられた呪術の一種だ。

 定められた約束に背けば四肢を切断され、命を貶める禁忌となったはずの呪術がまさかこんな幼子にかけられているとはさすがのアウレアでも思いにもよらなかった。

 思わず、息を呑み眼を見張りできた沈黙。その中でもシュシュの強い意志を感じさせる厳しい視線はアウレアにずっと向けられていた。


「これでもマリーちゃんが反省していないと言いますか……?」


「……あんたそれ……誰に……?」


「協会の人。マリーはママに言われてすごく反省したからどんな罰も受けるって言ったの……」


「協会? ギルド管理協会かい!? あいつらなにを考えてるんだい!」


「おばあさん、あなたは先程言いましたよね。子供だろうと犯した罪は軽くはならない、と。これがマリーちゃんが罪に向き合い、贖罪するために自らが決めたことなんです」


「確かに。確かに人を殺さない、その言葉にウソはなさそうだ。しかし、だからといって……魔具を作ることは……」


 口ごもるアウレアにシュシュは首を振った。


「おばあさんが辛い思いをしてきたことも何故、魔具を作ってくれないのかも理解はしましたし、無理やり作らそうなんてわたしは考えていません。ただ……マリーちゃんのことを信じて欲しかった、それだけです」


 マリーの頭を優しく撫でて、シュシュはにっこりと微笑んだ。

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