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魔具師の本分

 突き放すような短く、冷たい言葉だった。

 アウレアはそれ以上口を開き、話を続けるわけでもなくシュシュたちに曲がった背中を見せた。


「あ……あの……何か、何かわたしは怒らせるようなことを言ってしまいましたか? それともさっきのケンカを怒ったりしているんですか?」


 気の良い老婆が一変して冷たい空気を纏ったのを肌で感じ、シュシュは眉を下げて尋ねるが返答はなく。


「お願いします! 他に頼める人がいないんです! どうか……お願いします……っ!」


 心の根からの叫びさえアウレアには届かないのを途中で悟り、だんだんと尻すぼみになっていくシュシュの懇願の言葉。


「出たよ……これだよ、あ〜あ」


 ケンカすることは日常茶飯事であるが腐っても幼馴染であり親友でもある。耐えかねてクララがテーブルを両手で叩き、勢いよく立ち上がった。


「毎回毎回さ、お金に困ってそうだからあたしが仕事を回してやればいつもこうじゃん! だから、ばあちゃんはこうやって人里離れた森の奥でしか生活できない偏屈な魔女なんて呼ばれんの、わかる!?」


「あたしゃ、あんたに金の工面なんか相談もしてないし、頼んでもいないよ。逆にいい迷惑だ」


「はぁ? 毎日毎日、質素な生活してボロボロのツギハギだらけの服着てかわいそうに思ったあたしの優しさがいい迷惑? はぁ!?」


「かわいそう? あたしがかい?」


 激昂するクララとは対照的にアウレアは至って冷ややかにそれを嘲笑う。


「何も知らない小娘のあんたにゃわからないだろうがね、老婆は老婆なりの幸せがあるんだよ。質素な生活? 大いに良いことじゃないか。地位や権力に踏ん反り返って私服を肥やす馬鹿者どもたちなんかよりずっとね」


「く、くぅちゃんやめましょうよぉ」


「シュシュ、あんたは黙ってて!」


 クララは怒りの沸点が低い。

 それを知っていたシュシュはクララが何か取り返しのつかないことをしでかす前にと場を収めようとするが、どうやらもう時すでに遅かったらしい。ズカズカと床を踏みつけ、アウレアの目の前まで歩みよると怒りに満ちた瞳を光らせ大きく息を吸い込んだ。


「あのさぁ! 魔具製造に詳しくないあたしだって知ってるわけ! こんなナイフに毒を付与するなんて簡単なことなのはさぁ! それができない、やりたくないからしない? それが世界に名を馳せた魔女・アウレア様の言うことなの!?」


「……簡単?」


 ビリビリと空気を震わせるような大絶叫だ。目をぎゅっと固く瞑るシュシュに耳をおさえて下を向くマリー。

 だが、アウレアは一切、動じることなく逆に静かながら相手を威圧するような低く重たい声と共にクララを睨みつけた。


「あんた、今、簡単って言ったかい?」


「な、なに? 簡単でしょ、こんなの。天下のアウレア様にとってはーー」


「ーーあんた、魔具を作るってことをなんだと思ってるんだい?」


「なにって……」


「いいかい、魔具を作るってことはね。特に剣や槍、魔法銃器なんかを作るってことはね、()()()()()()()を作るってことだ。それは即ち、自分自身が人を殺したも同義。顔見知りに頼まれたからといってはい、そうですかの二つ返事で請け負えるものじゃないんだよ、わかるかい?」


「わ、わかってるし……」


「いいや、あんたはわかってない。わかってないから友人にいい顔したくてこうして頼みこんできたのさ。そもそも、本来、魔具師ってのは生活に発展をもたらすための職なんだよ。人々の生活を便利にし、向上させるね。肝に命じておきな、私らは人殺しの道具を作るために魔具師になったんじゃない。そんなに人を傷つけたければ武器商人にでも頼めばいい。争いを金儲けに考えている奴らなら金さえ払えばヨダレを垂らして食いついてくるさ」


 長々と説教を垂れた後にアウレアは悲しげな目で床を見据えてため息を漏らす。


「……あんたらは戦争なんて経験したことがないだろう」


「戦争って50年ぐらい前まで国同士や大陸間で大きな争いがあったっていうあれですよね。わたしのおばあちゃんが昔、話してくれました」


「人の死体が当たり前のように道端に転がっている。昨日まで元気に話していた顔見知りや恋人、親子供が戦地で死ぬなんての当たり前すぎて葬いさえまともにしてやれない。飢えた者は泥水をすすって喉を潤し、満たされぬ腹はいつまでも鳴り続けた。自制のタガが外れた兵士は嬉々として敵の首を落とし、自慢げにそれを掲げる。敵国の女は幼かろうと兵士たちの性のはけ口に使われた、そんな狂った時代。その頃、ギルティアに来る前、魔具師になりたての私は愚かながら自分の作った兵器が国のために役立っていることに誇りを感じていてしまっていた」


 辛い過去を思い出し、アウレアは眉間に深いシワを寄せて眼を瞑る。


「殺傷能力の高い武器、大量の敵を一気に焼き払う爆薬、生かしたまま激痛を与える拷問道具。戦争のために役立つ道具は何でも作ったよ。それが正義であると信じていたと同時に自分が認められている、そう感じていた」


 アウレアは遠い眼で虚空を眺める。


「やがて、戦争が終結し、私の名が世界に広まってしまった時に気付いたんだ。私はなんと愚かで残酷なことをしてしまったのだろう、とね。顔も知らない、数え切れない人々を殺してしまったことを酷く後悔した。どこでどうやって殺したことも把握していないことが尚更、たちが悪い」


 そう言ってアウレアはマリーに視線を向けた。


「……私は大量殺人鬼だ。そこの()()()()()()()()()()()なんかよりずっと極悪な、最低のね。……実は今でも魔具を作ろうとすると手が震えて言うことを聞かん。似合いもせずどうやら小心者だったらしい。まぁ、魔具なんか作りたくもないから困ることはないのだがね」

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