高額な報酬
テレサに言われた通り、中央入り口すぐ横にデカデカと備えられた掲示板まで来てみたが、やはり予想していた通り、ここでもユウには理解のできない図形の羅列が並んでいる。
掲示板を埋めつくさんとする紙が何枚も重なり、ユウは不意に神社の絵馬を思い出した。しかし、この場合願いと言うよりは頼みごとに近いか。乱雑だが、特徴を捉えた絵が描かれている物や走り書きで書かれたような崩れた文字らしきもの、読むことはできないが、テレサの口ぶりと掲示板という体裁からなんとなく予想はできる。
「う〜む……読めん」
つい口から漏れ出た言葉を拾い上げ、代わりに隣にいたシュシュがざっと掲示内容に目を通すが、片眉を下げて小さく首を傾げた。
「う〜ん、街の美化作業に荷物の運搬とどれも小間使いのようなものが多いですね。一日中拘束される割には報酬も大して貰えないみたいですし」
「美化作業に荷運び? なんじゃ、ギルドちゅうのは大層な仕事なんじゃろ? なんでそんなことまで……」
「見たところこの依頼掲示板は一般にも使用が許可されてるようですし、ギルドって言ってもピンからキリまで。下級ギルドは人助けとかお手伝いとかそんな小さな仕事が多いですからね〜」
「ほう、話だけ聞いとったらもっと危険な仕事や名誉ある仕事をやっとるのかと思っとったわ。どこも下っ端は大変じゃのぅ」
「ちなみにユウちゃんはお金が欲しいって言ってましたけど……一体どれくらい必要なんですか?」
掲示板の紙をペラペラとめくり、目を通しながらシュシュが尋ねる。
一体いくらか。
こちらの貨幣価値など知りもしないが、あの布袋にいっぱいの金が入っていた。酒場のオーナーは小銭ばかりと言っていたが、セルシオが熱心に貯めたものであろうことは間違いない。
「確か……1ソリドゥスとかなんとか」
うろ覚えの単語を口ごもりながら絞り出すとシュシュは勢いよくこちらを振り返る。
「えぇ〜そんなにですかぁ」
「な、なんじゃ? そんな大金か!?」
「いえ……世間一般じゃそこまで大金というわけではないですが……ここにある依頼の報酬ってせいぜい20デナリぐらいですよ?」
「に、20ででででなり?」
「そうですね〜……100デナリで1ソリドゥスです。1ソリドゥスあれば高級レストランでそう高くないご飯なら一品ぐらいは頼めるかなって感じです」
高級レストランで一品分。
やはりこちらの食材価値はわからないが、元の世界で考えると大体1万円ぐらいだろうか。
なるほど、1万円は確かに大金だ。1日やそこらで稼ぐには相当良い仕事先が見つからなければ難しいだろう。
もう、通りすがりの若者を裏路地に連れ込んでカツアゲでもした方が早いのではないだろうか。
露頭に迷うあまりプライドのカケラもなく、ヤクザの親分らしくもない邪で最低な考えが過ってしまう。
「あっ! ユウちゃんユウちゃんこれ見てください!!」
そんな時にシュシュの上げた声で我に返ったユウの鼻先すれすれに1枚の紙が突きつけられた。
「ぬぅ! 見えん、そんな近くちゃ見えん。……見えても読めん!」
興奮のあまりどうやら掲示板に貼られた紙を破りとってしまったらしい。
顔を紅潮させて、鼻息を荒げるシュシュをなんとか落ち着かせて読み上げるようユウが頼むと、
「出来高制ですよ、この仕事!」
周囲の人々の視線を一斉に集めるような大声を上げて拳を握った。
「最低10デナリで活躍度によって報酬変動するみたいです! これなら1エリスだって夢じゃありませんよ!!」
「おうおう、じゃが内容は? 無理難題を押し付けられたり、何か怪しい仕事ならワシはーー」
「ズバリ、『ベルセルククレフターの討伐』です!」
そう声高々にシュシュは言うが、ピンと来ず。
痺れを切らしたシュシュは両手でピースサインを作りそれを顔の横で開閉する。
「カニですよ! 大っきなカニ!」
「カニか! しかし、なんでそんなもんを討伐したからってそんな大金が……」
「農家さん達には害獣ですからね〜。依頼を出してるのも中級ギルドさんみたいですし、きっと農家さん達に泣きつかれたのでしょう」
シュシュの説明を噛み砕き、沖縄のハブみたいなものか、とユウは勝手に納得。
「大っきいっちゅうのはどんぐらいじゃ」
「確か、150センチぐらいでしたかね〜。ユウちゃん、ベルセルククレフターってすっごく美味しいんですよ!」
口内の涎を溢れさせ、シュシュは手の甲でそれを拭う。
カニか。カニは好きだ。大好きと言っても虚言にはならない。しかし、150センチともなるとそれは所謂化け物サイズ。ヤシガニでさえ挟まれれば只事では済まない。最悪、挟まれた箇所は分厚いハサミで断ち切られてしまうだろう。
得体の知れない世界、何が起きてもおかしくない。
「茹でましょうかね? 焼きましょうかね? 新鮮なうちは生でも美味しいんですよね〜」
かつてないほどに慎重に思考を重ねるユウの傍で呑気に美食風景を頭上に浮かべるシュシュ、それがいけなかった。
ゲンコツのユウちゃんともあろうものが、か弱そうな少女に遅れを取り、ちょっとばかし大きめのカニに腰が引けてどうするか。
何より、自分は少年時代あまりにカニ取りが上手いことから『カニ名人・ユウ』と呼ばれた男。
そこには譲れないものがあった。
「決まりじゃぁ……」
浮かれた様子のシュシュとは対照的に妙にドスの効いた声を響かせてユウはその依頼内容の書かれた紙を奪い取った。