9 字見、禁忌、大術
頼助は傍らで矢をつがえては引き、次々に兵を殺っていった。
私も、討たなければいくら馬上で矢のリーチがあれど危険なので、元武将のこの躰の赴くままに、懸命に射た。
息は上がりっぱなしだ。時折感じる腕の痛みは筋肉疲労だろうか。脳が若干酸欠気味だが、それすらも無視して射る。
馬上の狙撃はとんでもなく難しく、そんなことを気にする余裕はなかった。
気を一時でも抜いたら、矢が外れて敵の刀の錆となろう。
それでも、射た矢は敵兵を突き、喉元を掻っ切り、一人、また一人と数を減らしてゆく。
どれくらいの時間が経っただろうか。騎馬狙撃隊は順調に敵を撃ち、大方の歩兵を片付けた。私も微力ながら貢献できたんじゃなかろうか。そう思いたいね。
「雪殿、友軍より伝達。敵歩兵隊の殲滅が完了したとのことです。」
頼助は息ひとつ切らさずにいる。流石だ。
「騎馬歩兵隊、こちら本陣。状況を報告せよ。」
前方に展開していた甲壁の一部が発光し、通信機として機能したのでびっくりした。
ええ、報告?困ったな、どうしたものか……ええい、仕方ない!
「ほ、本陣に報告。我々騎馬狙撃隊は敵歩兵の殲滅を完了。直ちに全軍前進、追撃されたし。」
「本陣了解。これより進軍を開始する。騎馬隊の損傷は」
「損傷なし。戦闘の続行も可能と思われる。」
はあ、こんなものか。なんとか通じたようだ。ヲタク特有の博識がこんなところで役に立つとは思わなかった。
「では前方警備を厳とし、作戦の続行を。」
「騎馬隊了解。」
戦闘開始から約4時間。相場は知らないが、結構短く済んだのかと思う。まあ、あの忌まわしき高校の始業から終業までの時間より短いんだから。
そう考えると高校って長かったんだな。
陽が西に傾き始め、我が軍は前進を開始した。
しばらくの前進の後、敵本隊を微かに肉眼に捉えた。
「敵本隊視認。一斉射撃準備……っ!」
指示が急に途切れる。
同時に、体の芯に強烈な衝撃を感じた。
内臓を押しつぶすような圧力と脊椎を砕くような殴打感。
それは今までの破壊的な衝撃のどれとも違う、強く、しかし何とも形容しがたいものだった。
ただ漠然とした苦しい感覚。
ふと振り返ると、先の戦闘では泰然と振舞っていた頼助が、顔面蒼白、焦燥を醸し出している。
…只事ではない。
「本陣、聞こえるか、本陣!」
途絶した通信は依然として不通のまま、不安を煽るばかりであった。
「頼助…?」
「強大な術式波を観測しています。大術の予兆です。一刻も早く退散しなければ!…畜生!」
緊張で強張る頼助の声は明らかに怒気を孕んでいた。
「こんな小戦闘で大術…?字見め、正気かッ!ここら一帯丸ごと吹き飛ばすつもりか!」
大術…響きでだいたい理解した。おそらく、一撃必殺の特大魔法で全体攻撃みたいなもんだろう。
急場しのぎの防衛戦のつもりだったが、作戦に生じた綻びは急激に拡大し、戦場をパニックへといざなう。
どうすれば…!
突然、視界の端に小さな、緑黄の光球が現れる。
「…殿、雪殿、雪殿!聞こえますか!こちら本陣、照光です!」
「照光!」
強い不安の中に安心する声。
どうやって話してるんだ?直接語りかけられてるのか?あ、この球か。
「急場で通信術式をこしらえました。大分粗雑なのでノイズが酷く、通信できる時間もそう長くありません。」
急場でって…すごいな、照光。
「端的に。緊急事態。敵軍が大術、あー、要するに、一撃必殺の特大魔法で全体攻撃を仕掛けてきています。」
予想が一言一句違わずに的中したことを喜ぶ暇はないようだ。
「じゃあ、どうしたら…?」
「まともに食らえば全滅は免れません。本陣で甲壁を…最大展開しますから…その…後ろに退避しつつ、全隊…散開さ…ます。…それでも避け…確率は五分…五分で…」
ノイズが強くなってきた。もう限界か。
「…わかった。騎馬歩兵隊、本陣後方へ後退!」
「術式波増大!大術到達までもう僅かもありません!間に合わない!」
観測手の悲痛な叫びが最後にクリアに聞こえた。
―通信断絶。
兎に角我々は尻尾巻いて逃げるしかないのか、いや、今は迷っている場合ではない。
逃げろ。
躰の芯に来る感覚は地響きに変わり、大地を振るわせる。
あまりの揺れに、ついに馬が錯乱し始めた。
「クソッ、落ち着け、落ち着け!」
焦る頼助の声が、一層の不安と恐怖を掻き立てる。
既にコントロールを失った馬が、嘶き、明後日の方向へ走り出そうとする。その急転換のGに耐えられず、騎馬隊は次々に落馬してゆく。無論、頼助や私も例外ではない。
逃げようにも逃げられない。
嫌だ。
地鳴りがピークに達した。周囲が白色光に包まれる。
前方に小さく見えていた柴原の軍は、目も眩む光に呑まれて消えた。