8 赤矢の牙
『術式誘爆』
術式は、術対象自身が特殊異類の力を持つわけではなく、対象表面にできた術式被膜が常に術のエネルギーを付与し続ける仕組みとなっている。
術式エネルギー波は正弦波のため、波形同調により共振現象を発生することもある。共振は術式エネルギーを増長させ、増長したエネルギーは共振を繰り返し、ハウリングノイズの如く増幅する。指数関数的に増加したエネルギーが術式被膜によって内部に溜め込まれ、断熱圧縮が発生して爆縮する。
…将軍知識の受け売りだ。しかしまあ技術が発展しすぎているだろう。戦国時代の代物か?末恐ろしい。マシュー・ペリーをイージス艦の艦砲で追い払うんじゃないか。
さっき大群の矢が上空で爆発したのもこのせいだという。
「敵歩兵隊近づく!第二波攻撃用意!防御隊は狙撃軸線上より離脱せよ。」
字見家の歩兵隊が束になって襲い掛かる。
地響き、塵芥を巻き上げて猛進する兵はおおよそ五〇~六〇。
転生前の世界の戦国時代では、軍一個当たりおよそ一〇〇〇人ほどの人数だったらしいが、この世界では一個軍隊の総数は四〇〇~五〇〇とその半分くらいだ。
おそらく、術式戦闘による人員削減がなされたのだろう。
ちなみにこちらの本陣狙撃隊の人数は一〇〇、敵歩兵隊の二倍くらいいる。
「爆術詠唱始め!術被完了の後、一斉射撃を開始する!」
爆術とは、武具に術を付帯させる被術の一種。読んで字の如く、火薬を用いることなく発火、爆発を引き起こす。
「雪殿は爆術をご存じありませんね?」
確かに、記憶にないのでイエスサインだ。頷く。
「では、今は我々の撃ち漏らした残党の追撃をお願いします。頼助!お供しろ!」
「承知」
頼助:騎馬狙撃隊(機動力の高い狙撃隊。二〇人で構成される少数精鋭隊)隊長を務める。
高いエイム力で、『赤矢』の異名を持つ。なんでも、立っても走っても寝転んでも跳んでも、撃った矢は必ず敵を貫き、その血で赤く染まるからこう名付けられたらしい。とんでもない名撃手だ。
「騎馬歩兵隊、雪殿のお供だ!残党討ち、心してかかれ!」
グワッと軍の士気が上がるのを感じた。雪殿、すごいカリスマ力ね。
「詠唱完了。これより射撃を開始する!」
副将、照光の声が響いた。
照光は心配するな、と言っていたが、この分では肉迫戦も覚悟しなければな。
しかし、元将軍の躰だからか、負ける気がしない。それどころか、戦闘衝動、武者震いがする。
「騎馬狙撃隊散開!ツーマンセル(二人一組隊形のこと)を崩すなよ!」
私は頼助とセルを組んだ。本狙撃隊の前方にいる我々は、まず爆術に巻き込まれないように離れなければならない。
手綱を振るい、愛馬鬼葦毛に号令。ギャロップで急散開した。
「本狙撃隊、放てっ!」
照光の号令と共に一斉に矢が放たれ、ひゅうっと風音を立てながら地を這い、デルタで直進する敵兵隊に吸い込まれてゆく。
そのデルタは矢を避けようと、蜘蛛手に散らばった。が、隊形の中心にいた兵たちへの直撃は免れない。
矢が一人の胴を貫き、衝撃で内から爆散する。血肉と臓腑と甲冑が四散し、周辺にいた者どもを巻き込む。さしずめ人間爆弾と言ったところか。そこからは、波紋が広がるように、矢に、爆発に、あれよあれよと巻き込まれてゆく。
回避虚しく柴原家の爆術狙撃でその数を半分以下まで減らした字見家歩兵、離散した兵が周囲八方から襲い掛かる。
流石に歩兵、機動力は中々、爆術で全滅はしてくれないか。
なら、今度は我々の仕事だ。
「騎馬狙撃隊前へ。一人頭2人を殺れ!」
騎馬狙撃隊による殲滅は、肉薄戦に比べ、兵を失うリスクが低い。小規模な戦闘、主に急場しのぎの防衛戦で用いられる。
我々は、歩兵隊殲滅の後、本陣全隊を前進させ、敵本隊を叩く。今回の作戦はこんなところだ。
馬を操り、射程距離内に敵を捕らえた。
「取ったッ!」
頼助が流鏑馬のように敵を射た。
矢が敵の一人の甲冑の隙間に体をねじ込ませ、首元に突き刺さる。
倒れ伏す、かのように思われたが、踏ん張り耐えた。
そして、矢の出所を探し当てたその兵は、窮鼠、鬼の形相で突進してくる。
まずい、いくらリーチで勝っているとはいえ、肉迫されたら無傷では済まないだろう。
「頼助!」
戦場のノイズはいとも簡単にと私の叫びをかき消した。
しかし、当の頼助は全く動じず、馬を止めて二の矢を引く。
一撃目よりも深く、強く構え、兵の真正面に射る。
眉間に命中。矢は兜を突き破り、兵は落ちた。
何という怪力だ。額装甲にはヒビひとつなく、深く矢が突き立っている。流血が顔を覆っていた。
「次ッ!」
早々、馬に鞭打ち、頼助を追う。