6 弓撃、急撃
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………殿……雪殿…雪殿。
呼ぶ声がする。起きなければ。また、躰が重たい。
「雪殿、お目覚めですか。少々手荒でありましたが問題ありませんか?」
問題ならある。せっかく治ったと思った首の痛みが再発した。
「そうですか。それはよかった。問題が無いようで何よりです。それよりも」
スルーか?当主の首の痛みは重大じゃあないのかい?
「そうですね…例えば夢を見ませんでしたか?人や馬や甲冑や……知っている顔など。」
あまりの正確さに抑え込んだはずの驚きと恐れとその他諸々の不信感が再燃する。
「照光、あなた…何者?」
「何者、と言いますと?」
とぼけんな。私がここに来たことを何の臆面もなく受け入れたし、言葉遣いも私がいた世界と大差ない。本当に何者なんだ、照光。
「私が何者か、それは知ってもどうということはありませんが、どうしても気になると仰るのなら、仕方ありません。お答えしましょう。私は…」
「照光殿!照光殿はいらっしゃいますか!矢が!矢が!」
うわ、びっくりした。寝室の戸が力任せに開け放たれる。ふくよかな中年位な男が肩で息をしながら駆け込んできた。
これはのんびり話をしている場合ではなさそうだ。
「どうした、佐兵衛、落ち着け。」
息を荒げる男を座らせた照光は相も変わらず落ち着いて諌める。口調が堂々としている。
「ああ、照光殿、それに雪殿まで。お見苦しい所を、失礼いたしました。」
「して、佐兵衛、何が起こった。矢とは何だ。」
「はい、先程、我が柴原家領地内にて微弱ながら術式痕が観測されました。恐らく敵諜報部隊の物と思われます。」
「ふむ、忍か。術式分類は?」
「観測を試みましたが、逆探知され遠距離攻撃を受けました。只今屋敷の門兵二人が負傷し手当てを受けております。雪殿、ここに敵本隊が攻撃を仕掛ける恐れがあります。直ちに出撃命令を!」
ええ?私?!ちょっと待ってよ本当に。だが、男の顔は見方を攻撃された怒りと焦燥で、そう簡単に断れる様子ではなかった。
「分かった。佐兵衛、下がれ。」
「御意」
男を退出させると照光は向き直り、
「さて、雪殿、緊急事態です。」
そんなもん言われなくてもわかってる。で?私に将軍役を演じろというんでしょ?
「できますか?」
「…やるしかないんでしょ。」
「わかりました。では、幾つか問います。まず、あなたの名は。」
「私は、駿河国は駿府藩、柴原家五代目将軍、柴原雪。」
「五術とは?」
「大分して五種類の魔法のようなもので、虚術・甲術・力術・欺術・被術がある。詳細は説明する?」
「いえ、結構です。最後に、我が家は何処の臣下ですか。」
「織田 信長」
そう、柴原家は信長様の臣下なのだ。これだけは神様に感謝だ。
「問題ありませんね。転送は概ね成功です。五術の使い方は、少々無茶ではありますが、実戦で覚えていただきます。いいですね?」
拒否権なんかないだろう、まったく。いいよ、それで。
「では早速ですが初陣です。慣れるまでは私が総指揮をとりますのでそれに従って下さい。」
展開がマッハだなあ。こんなんじゃ体いくつあっても足りないよ。
ん?何か大切なことを忘れてる気が…そうだ、照光!
「雪殿、一つだけ言っておきます。」
制すような声に押し黙ってしまった。その声にはどこか冷淡さがあった。
「実は私もこの時代の人間ではありません。」