3 領地にて
勿論、この目で合戦を見たことはない。これはあくまで史実に基づいた感想(それと相当の偏見を含む)だから注意するように。
それにしても、明らかに私の知っている戦い方をしてはいない。私が思うに、武士の戦いとは、いくら合戦とはいえ、刀と刀を馳せあい、相手の隙に斬りつけるような、どちらかと言えば慎重なものであったはずなのだ。
それが、今はどうだろう、私が目にしたそれはあまりにも豪胆にして大胆、そして人間離れしている。
だって、未だかつて、相手の一刀を腕で受け止め、一突きをもって胴装甲を貫通できるような豪傑がいたか?
いや、まあ数十年に一人の割合で、巴御前みたいなウルトラ馬鹿力が伝説的に存在はしたかもしれないが、見よ、この争いを。いやはや、右を見ても左を見ても、まるでハルクの如く怪力を振るうのである。
それだけではない。
普通、パワーというものは俊敏さと引き換えに得られるモンだ。ロールプレイングゲームをプレイしたことのある諸君ならば知っているはずだ。
が、歩兵の動きはどうか。韋駄天、そんな言葉で簡易に形容できるものなどではなかった。
目で追うのが精一杯、メロスもびっくり仰天の俊足である。
そんなところで女子に戦えというのか、現代ならば労働基準法違反待ったなしである。
「雪殿、現在、我が柴原軍は劣勢です。ここは一旦退きましょう。」
男はそう言い、喉に手を当て、
「先駆歩兵隊は前側面に甲壁を展開し撤退を援護せよ。騎馬隊及び後方射撃隊は三つに散開、撤退しろ。」
ずいぶん小さな声だが通じているのか?それともトランシーバでも持っているのか。
しかし、伝令は一瞬にして友軍を駆け巡り、呼応して味方勢が見事に陣形を変えながら退いてゆく。
「さあ、雪殿もこちらへ」
…とりあえず今は付いていくことしかできなさそうだ。
何かが、いや、何かどころではない。全てだ。全てがおかしい。
何がって?考えてもごらんよ、皆んな挙ってド怪力だしスーパー俊敏だし、前を走る男は何言ってんのか解らないし、っていうかそもそも私が、事故ったはずの私がまったく意味が解らん戦乱の最中にいるわけだ。
おかしいに決まっている。
あれか?かの有名な異世界転生とかいうトンデモ設定か?
ま、何にしても生き残れたようだ。追手は見えない。
柴原家の領地、駿河国は駿府藩の武家屋敷。
さて、この理解に困りまくっている現状を説明してもらおう。
「聞きたいことは山ほどありましょうが、なにより私が何者か、そこから説明せねばなりませんな。」
咳払いを一つしてから、目の前の男が話し始めた。
しかし、甲冑を外すと中々のハイスペックだな。高身長にすらりと伸びた四肢、切れ長の目に高い鼻。
現代でも通用する美形である。
…髷を除けば。私はアリだと思うけど。
「私は、柴原家の二男坊、柴原照光と申します。要するに、あなたの弟分です。」
弟?二男坊?ということは、まさか、
「そのまさかです。あなたは柴原雪、柴原家の長女にして当主、若大将であります。」
「当主?私が?なんで?それよりここは何時何処で、いやそもそも日本なの?」
さっきからため込んでおいた疑問が炸裂し、目の前の男に掴みかからんばかりに質問の嵐を浴びせる。
しかし、会話の相手、ええと、照光といったか、は乾いたスポンジのように私の問いを吸収し、
「順を追って話しましょう。今は1582年、丁度天下分け目の決戦最中です。…ああ、安心してください、ここは日本ですから。今現在、日本は吸収合併を繰り返して強大化した織田・武田・北条の三大勢力によって三分されています。あなたが以前生きていた世界とは若干歴史が違うようですね。そして、ここ駿河を境に三勢力が睨み合いを続けています。」
ってことはこれはマジに異世界転生だったのか。
「ええ、重要なのはそこです。これは転生とは少し異なります。どちらかと言えば、人格転送というべきでしょう。その証拠に、そうですね、先程から視線が高く感じたり、身体能力が上がったように感じたりはしませんか?」
ああ、それでさっきフルアーマー状態にもかかわらず跳ね起きられたわけか。
…まさか、と思って体を見たが、その凹凸からして性別は女のまんまだ。よかったあ。
「人格転送であったのは不幸中の幸いと言えましょう。身体能力、五術適性、戦闘センスは引き継がれるわけですから。」
そうなのかぁ、それはよかった、とはならない。
そんなものはJKには必要ないのだよ照光クン?
戦闘センスだとかナントカ適性とか、まるで私に前線での活躍を期待するような言いぐさじゃない?
「はあ…少々申し上げにくいのですが、簡潔に言うとそういうことになります。実質、現在柴原家は当主不在という前代未聞の緊急事態に直面しているわけです。では、最適な解決策は何か?それは、あなたに我が当主、柴原雪を演じてもらうことです。」
「私が?戦国時代の最前線で一武家の総指揮をとって生き残れと?」
私は自分の人生をハードモードに選択したつもりはないんだ。平凡に一歴史オタとして生きたかったのに。今私は信仰心をアン・インストールしたぞ。
「ご安心下さい、この柴原照光、伊達に次男坊として生きてきたわけではありません。この命に代えましても、必ずや雪殿をお守りいたしましょう。どうぞ、お背中はお任せくださいませ。」
そんな力説を賜っても到底ご安心できません。私は伊達に一女として生きたいの!
「まあ、それにしても今日はいろいろありましたから、お疲れでしょう。とりあえず後の処理は私に任せてお休みください。もう日も落ちたところですしね。」
言われなくてもそうさせてもらう。今はもう何も考えたくない。寝る。