18 Danger of 火球
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よもや、この期に及んで例の存在を信じ込まされた挙句、死んだはずの先代に顔向けするとは、この世界、大変にアンチリアルワールドである。
これまで生きてきた世界の常識が通用しないということを、膨張を続ける火球を前にして改めて実感する。
だが、今はそのような冷静な考察を重ねている場合ではなかった。
なんとかしてこの手に付けられた手甲を使わねばならない。
が、どうやって?
記憶にあるのは術の使い方のみ。収め方は知らない。
おお先代よ、あまりにも残酷であろう。
「防御!」
突如として照光が後ろから叫んだ。
防御?防御……!そうか!
とあるひらめきが一閃、脳裏を貫く。
先刻、先代との短い邂逅において、別れ際の言葉を思い出す。
一部しか聞き取れなかったが、確か、
「防御こそ最大の攻撃。紅蓮なる魔手が衣を纏う時、百鬼をも押し戻さん」
なるほど。
前に構えた右手に力をかけ、掌から術を押し出す。
手甲に刻まれた幾重のスリットが白煙を吐き出した。
刹那、羽衣の如き薄い膜が腕を取り巻いて飛び出す。
飛び出した薄膜をさらに一押し、術力をかけると、それまで無秩序に漂っていたそれは力場に沿って隊列を形成し、一枚の大きな壁を作り出した。
いや、一枚ではない。
細かく折りたたまれ幾層をも成している。
名付けて『軟薄膜』の完成だ。
さて、ここまでは先代のお膳立て通り来たわけだが、ここからは一切のノープラン、アドリブでこの場を収めなくてはならない。
できるか?たかだかJKに。
まあね、こんな自問自答が何の意味もなさないことくらい、重々承知なのさ。
今にも炸裂しそうな代物を前にして最早、逃げが通用しないことはわかっている。
何とかして見せよう。
ここで死ぬ用なら、逃亡は所詮、近い死の先延ばしだ。
「雪殿!危険です!ここはお下がりください!」
「照光!甲壁を張っておいて!衝撃が来るからあ!」
「雪殿!」
「大丈夫!腐っても将軍、芝原雪の力を信じなさい!」
私が信じろといったのはこの躰の持つ元将軍としてのポテンシャルであって、決して私の技量とか経験についてではないから悪しからず、と付け加えたいところだが、残念ながらそのような余裕はないので割愛だ。
さあ、この危機を脱するカギは二つ、形成した軟薄膜の薄さと術式誘爆の二つ。
この手甲のおかげで伸展折り曲げ収縮自在のシリコンによく似た甲壁が完成したので、まずはこいつで火球を包んでしまおう。
眼前の畳一枚ほどの軟薄膜を引き延ばし、ピザのドゥのように薄く広げる。
おおよそ10メーター四方まで広げたら、ベッドメイキングの要領で火球にかぶせてやる。
重い!
しかし、そこは流石に元将軍の躰。何とか軟薄膜を持ち上げ、宙に翻してやっと多いかぶせてやった。
被さった軟薄膜は、火球が発生させた熱エネルギーの移動によって発生する気流によって引き寄せられ、球面に張り付く。
術式共鳴が始まる。内圧が急激に上昇し、光度が増してゆく。
術式時限爆弾が一丁上がり、である。
これで私いつでも爆弾間になれるな…
冗談はさておき、火球の内部爆縮が始まると、その自重で大幅にしぼむはずだ。
軟薄膜にひびが走る。万事休すか。
瞬間、火球が一息にバスケットボール程度の大きさまで縮んだ。
今だ!
これでも私は元陸上部だから、投擲の技には少々覚えがある。
砲丸投げの要領でやるしかない。
「くっ、重…熱いっ」
今にも破裂しそうな火球爆弾を肩まで上げる。苦痛だ。
「雪殿!」
はるが甲壁を飛び出してきた。
「…来ちゃダメっ!」
「しかし…!」
「いいから!そこにいて!これは私一人で何とかしなきゃいけない試練なの!これくらいで…これくらいでくたばったら歴ヲタの血が泣くわ!」
少々ヘタなことを口走ったか。だが、はるの足が止まった。
手が灼ける。もう時間がない。
「おりゃああああああああぁぁぁぁぁっつつ!!!」
あらん限りの力で火球を投げ飛ばした。
現役陸上選手の技量+元武将の身体能力+術の効果は中々に覿面で、バスケットボールサイズの危険物はほとんど見えなくなった。
照光に腕をつかまれて、大変乱雑に甲壁の後方へ押し飛ばされた。
…………ズドドドドドドドドドッ!!
強烈な衝撃波と地響き。それに少々大きめの地震に匹敵するほどの揺れをいっぺんに味わった後に、爆発の本波が来た。
巻き上がる塵芥と爆風で完全に視界が奪われる。
嗚呼、このシチュエーション、何回目だ……?
間をおかず、2度目の衝撃に耐えかねた甲壁が決壊し、3人共々薙ぎ払われた。




