15 意識水面下の火球
……何が起こったか、それを理解するにはあまりにも事が急激に起こりすぎた。
そこはまるで世界大戦でも起こったかのような、ディストピアとでも形容するのがいいか。
とにかく、見渡す限り続く荒野が、果てしない不安と焦燥を掻き立てる。
事の顛末を説明するには、四半日ほどの刻を遡らねばなるまい—
「爆術修行?」
顔に冷えた水をかぶり、鉛のように重たい瞼をどうにかこじ開けた途端、はるから伝えられた。
躰は別段疲れを感じることもない。きっと元雪殿が鍛えておいてくれたからかな。
たるませたらマズいだろうなあ…
そう、特に疲れてはいないのだ。だが、『修行』というワードは、寝起きで体力、気力ともに全快であった現雪殿もとい現代人雪を怖気づかせるには十分すぎるフォースを孕んでいた。
「はい、爆術修行です。先の字見急襲において、雪殿は爆術を使用できなかったと、照光殿から伺いましたので。一家の長としてそれは中々に考え物です。」
「あっ、なんかすいません…」
「ああいえ、雪殿が謝ることではありませんよ。が、爆術をマスターして頂く必要は御座います。」
はる、いつになく目が本気だ。あわわ、すごい圧…怖
その日も、雲一つなき快晴であった。
どうか、今日よ、どうか平穏であれ!どうか!
「さて、雪殿、改めて尋ねます。術とは何でしょう」
ああ、出た。漠然という概念で真理を包んだ、喰うに喰えないタイプのクエスチョン。
答え?そんなもの、わかるわけないだろう。
「術とは…?」
「生物です」
…生物?実体を持たない術が生物か。
「実体こそありませんが、いえ、実体すら、持たせようとするならばそれは可能です。」
「しかし、実体ではなく、術を生物と呼称したのには理由があります。それは、術の不定性です。」
「術は、常に同じ挙動を示すわけではありません。術のかかり方には必ずムラが生じますし、術の使用者の感情や特性に反応したり、術自体に癖があったりするわけです」
「もし、術のなすままに従うとするならば、その場合、術が意思を持つように振る舞うでしょう。ですから、術を使用する際は、体内に戦闘を好む寄生生物を宿していると認識してください。」
「いいですね、間違っても、感情に任せて術を使用してはなりません」
そう言う彼女の顔には危機感と憂いを織り交ぜた表情が張り付いている。
「…先代と同じ轍は踏んで頂きたくはありません」
先代か。察するに、命の保証はなさそうである。
落ち着いてやらねば。
「暫くは術を使用する前には精神統一を行ってもらいます。座禅は組めますか?」
組めと言われれば組めないことはないが、若干股関節の柔軟性に不安が……おや?
どうやら杞憂らしい。この躰のなんと扱いやすいことか。
手による一切の助けなく、足の力のみですうっと組んでしまった。関節外れてないだろうな。
「問題ありませんね。それでは、このまま、無心の状態を保って小一時間そのままで。雑念を追い出すのです」
縁側にて、果てることない青の空をどこまでも眺め、心に浮かぶよしなしごとを、一つつまんでは捨て、また一つと排除していった。
はじめこそ慣れなかった。何ともいえぬわだかまりだか不安感だかかぐるぐると渦巻いているのを感じた。
人間というものは、手持ち無沙汰な状態こそ一番の敵であると痛感したね、これは。
まあ、半刻もすればすっかり慣れたんだが。
—
——
———
————どれくらい経ったろう。人生初の無心体験は見事成功を収め、心に浮かぶ雲一つも晴れていた。
あわよくば仙骨から脊髄を通じてチャクラやらが解放されるんじゃないか?
「もういいでしょう。雪殿、お疲れ様でした。如何ですか、今の気分は?」
「そういえば、なんだかすごくすっきりしてる気がする」
「大丈夫ですね、それならば、これから本格的に術の習得訓練を開始しましょう」
さて、いったい何をするんだ?興味深いような、不安なような…
「手始めに、術力を見させていただきますね。甲壁を展開してください。できますか?」
…甲壁、えっと、確か記憶にあったはず…
人差し指でそこの空間を真一文字になぞる。
刹那、空間に一筋の線が現れ、そこから上下に、人工衛星が折りたたまれていた太陽光パネルを展開するように、半透明の壁が現れた。大体畳四枚分くらいの大きさかな。
透明の向こうに、はるが何やらぶつぶつ唱えながら、印を結ぶような動作をしているのが見える。
「はる、いったい何を…」
「その壁の強度を試すのです。今から私が術を撃ちますから、甲壁で防いでください」
「ちょっと、そんな急に!」
考える暇はほとんど、無いに等しかった。
唱え終えたはるの両手から、熱波と共に橙に輝く火球が生まれる。
それはみるみるうちに巨大化し、今やはるの顔位の大きさにまで育っている。
まともに喰らえば命の保証はない、そう本能が叫んでいる。
やるしかないのか。
「燈焔火」
火球がはるを離れ、肉薄する。
開いている甲壁に両の手を添え、押し返すようにして力を込める。ありったけ。
火球が壁に触れる。
鋭い光が発せられ、重い地響きとともに、躰を押してくる。
「くっ、重い…!」
「このような女子の術に勝てぬようでは、合戦においては生き残れません!押し戻して御覧なさい!」
あれ、なんかはるのキャラが変わっているのだが。
それどころじゃないぞ。このままでは普通に押し負けて死ぬ。
…合戦でもなく、身内の術に押し負けて死んだりしてみろ、後世孫の代まで笑い者だ。
「それだけは御免だ!」
壁を抑えていた左手を外し、その手で宙に大きく円を描く。
円の中心に小規模な火球が発生した。こっちははるのそれとは異なり、青白く光る炎が渦巻いている。
握りこぶし大のそれを、甲壁ごと橙火球に押し込んだ。
「熱いッ、け、どッ、こうだッ!」
もうひと押し、左手に力を籠めなおした。
青の火球が膨張する斥力で、はるの術は引きはがされ、四散した。
——やったか?
火球同士のぶつかり合いで生じた塵芥が晴れると
はるがにっこり笑っていた。
「術力は申し分ありませんね。今まで通り、いや、もしかしたら今まで以上の素質があるかも知れません。蒼焔火を発現させたのは今が初めてです。」
「ウソでしょ私なんも知らないよ?今のだってほとんど無意識だし」
「だからいいのです!」
はるの眼は輝きに輝いていた。まるで新しい玩具を与えられた子供のような食いつきようである。
「無意識化において術の制御ができるものなどそうそう居るものではありません。戦国日本広しといえどこれまでの者は数えるほどしかおりませんでしょう。これなら余分な修行などは行わなくても済むでしょう」
「へえ…そんな事…」
我が手を眺めるが、別段そのすごさを感じ取れることもなかった。
ちなみにさっきからはるが『燈焔火』だの『蒼焔火』だのと言っているのは、術によって発現する炎の種類である。エネルギーが低いものから、黄焔火、燈焔火、蒼焔火、そして未だ未踏である紫焔火に分かれる。
—記憶転送便利だな。逐一説明を受けなくていいのはホントに楽だよ。超高校級の講義を延々と聞かされたんでは身が持たない。
そんな訳で、一気に八ステップくらい飛ばしたらしい修行は残すところあと少しとなった。
修行こんなんでいいのか?後からお変わりはよしてくれよ、などと一抹の不安を抱えつつ。
……ただ、術は一筋縄にはいかぬ恐ろしさを持つ……




