14 堂々たる謀反
「雪殿に遂行して頂くプランは大別して二つ。一つは、芝原家の統率です。これを存在させ続けることで、駿河の地理的実権が我々の手中にあり続けます。ここ、駿河はいずれ、大きな役割を担うことになるでしょうから、今手放すわけにはいかないのです。したがって、芝原家を戦力として、ここ、駿河を始終確保します。」
「なに、難しいことはございません。ただ、女将軍芝原雪として、芝原家を率い戦えばいいのです。」
簡単に言ってくれる。まったく。私を全能神かなんかだと勘違いしてるんじゃあるまいな。
「もう一つは、明智光秀の抑制です。τの歴史操作によって、この世界は、光秀に有利なシチュエーションが築かれているようです。そのような者をのさばらせておくわけにはいきません。ですので、我々の手で始末しなくてはなりませんね。」
「しかし、どうもこれは難問でしょうね」
わざとらしく腕を組んで首をかしげるゼスチャーをしてみせる。
しかし、これがどうして難関なのか、いまいち解らないぞ。
「考えてもみてください。どうして友軍の、それも主力中枢人物を討つことができましょうか」
「あっ…」
とんと失念していた。
その通りだ。どうやって信長様の忠臣(仮)を討とう。これじゃあ図らずして私が反駁者と化してしまうではないか。
「じゃどうすれば…暗殺してから影役者でも立てる?」
「……どうもあなたは勘がいいようで。それとも前世の知識からくるものでしょうか?」
いたく感心した、というように顎に手をやり、
「その通りです。明智光秀は闇に葬りましょう。といっても、殺すわけにはいきません。捕縛したのち、どこかへ軟禁でもしておきましょう。」
どうして、と問いたかったが、人間として何か根本的なものを欠いた発言になりそうであることを察し、留めおいた。
「さて、信長公の腹心を暗に捉えるには、こちら側から様々な手を打つ必要がありますが、その前にこれをご覧ください。」
照光の後ろの空間に麻葉の割付文様に似せた幾何学模様が立体に構築される。
それが回転をはじめ、一つの大きなスクリーンへと姿を変えた。
日本の中部地方が映し出され、その中心にはここ、駿河の芝原家がある。ご丁寧に家紋付きの旗が翻っている。
ちなみに我が芝原家の家紋は『丸に緋衣草』。これには、「正義」という意が込められている。
正義ねえ。
「この通り、駿河においては、字見、大久我、芝原の三家が、各々の覇権を争っているわけですが、最近になって、字見の攻撃が激化しているのです。この間の急襲がよい例でしょう。字見の勢力は地勢図を見ればわかるとおり、大したものではありませんでした。」
後ろに移された中部地方の地図は、各家ごとに色分けされた地勢図となっていた。
字見、もとい武田家は、東を北条氏、西を織田・豊臣氏に挟まれて窮屈そうに現在の中部地方の東半分に収まっている。領有面積は他二家の十分の一程のように見える。
両側からの勢力で今にも押しつぶされそうであった。
「今や、武田の臣下には、字見の一家しかおりません。しかし、字見以外が淘汰されてからというもの、両家の勢力に押し負けての領地の縮小がぴたりとやみました。それどころか、兵力が異常な速度で増しているのです。いえ、まだ芝原を脅かすほどではありませんが、近いうちに必ず、我が家、ひいては織田・豊臣軍の脅威となるでしょう。」
「どうして、あの吹けば飛ぶような勢力しかない字見が、ここに来てその力を増しているのか?現在の武田家にもそこまでの力はありません。だとするとこれは第三者によるものと考えるのが妥当でしょう」
いつもの微笑を再びその口角に表した彼は、尚も話を続ける。高校の講義か?
「では、その第三者とは、一体誰なのか。そう思って、字見の中枢へ探りを入れましたところ、驚くべき事態が発覚したのです。しかも、我々にとっては非常に好都合な。さあ、誰だと思いますか?」
我々にとって好都合な敵軍への第三者の援助?何を言っているんだこの男は。
敵軍が強大化して喜ぶのはよほどのマゾヒストか自軍への反逆行為を目論む者くらいだろうが。
…自軍への反逆…反逆……!そうか、わかった!
「明智光秀だ!」
ハワイ旅行が当たるクイズ番組において残すところあと一問になった回答者のように渾身の答えを出した。別にわかっても嬉しくはないが。本当に。
「ええ、まさしく。明智家に字見の内通者がいるようです。この内通者を通じて、明智は字見に兵と武器を横流しし、その報謝として字見は芝原に集中攻撃を仕掛けるようになったのです。」
ふと照光の後ろの勢力図を見ると、光秀の領有する土地なのか、近江の辺りが、字見と同じ青色でかたどられ、そこから双方向の矢印が伸びる。さらに、字見からは、ここ駿河へと矢印が伸び、戦況を表していた。
「この通り、最早明智家は友軍などではなく、裏では字見との条約を締結し、武田サイドに組する勢力となっているわけです。」
明知め…ここまではっきりと裏切るとは、それも信長様のお膝元で、しかし、これだけ堂々と謀反の準備をしておきながら、誰一人(照光を除く)として実情を知らないとは、何をどうしたらこんな間抜けな戦況になるんだ。
赤いコードとカウントダウンを続ける赤い数字が表示されたそれを危険物だと気づかずに、懐深くに大切に抱えているという戦況は、あまりにも滑稽で哀れであった。
嗚呼、一刻も早く信長様に「それは爆弾です、早くお捨てになってください」と伝えて差し上げたいよ。
「信長公に、とくお近づきになりたいところですがね、おそらくτの仕業かと思われますが、織田本陣の周りを固められ、非常に近付きづらい状態です。大結界がはられているようで、諜報部隊を送り込んだ際も、大変苦労しました」
そう言って、今度は地図が近江を中心とする織田本陣へと移る。そこに、現在では近畿地方と呼ばれる範囲の半分以上を囲う巨大な円が描かれる。
「近江は安土城を中心として、西は山城国、東は尾張国、さらに若狭湾の一部までこの結界に閉じ込められています。実質、信長公を人質に取って結界の内側に籠城していることになりますね。皮肉なことに、臣下どころか人質本人も気づいてはおりませんが」
やれやれと言いたげに肩をすくめるジェスチャーを見せた。困ったなじゃないが。一大事だ。
「とにかくですね、今なすべきは、明智と結託し強大化した字見の攻撃を防ぎつつ、近江大結界の攻略について調査を進めることです。おや、もうこんな時間ですか。そろそろ戻るとしましょうか」
照光が映像空間を焼失させると、今までの単色な空間と対比して夕日の強い光と目を射す橙の空が眼前に広がる。
ちょっと待て、照光よ、お前の正体をまだ聞いていないぞ。未来から来た何だ、お前。
「…来るべき時にお教えします。もしくは、それよりも前に判ってしまうかもしれませんが」
落ち着き払った声で言い残した彼の横顔には、夕の暗さがそうさせたのか、どことなく寂しげな暗いものがあった。
「何よ、それ…」
ぽつり。
語りが長くってスミません…このあたりで照光の語り終わりです
次回からは仲間との話になりますので是非!




