13 欠片の真実
生還より一日後。
照光に「話がある」と言われて、彼の部屋を訪れた。
「あっ、いらっしゃいましたね。どうぞそこへおかけください。」
いたって普通の部屋だ。
10畳ほどの広さ、ふすまの向こうに縁側があり、採光は良好。
壁には三本、上から、太刀、脇差、短刀が黒く光り、なんともロマンたっぷりな部屋であった。
照光の後ろの机には煩雑に置かれた書類が見える。さっきまで庶務の筆を執っていたのか。
「それで?一体何の用?」
彼に対する一抹の不信感も手伝って、少々怪訝そうに問う。
「以前にお話ししそびれたことについて、はっきりと返答しておこうかと思いまして。」
お話ししそびれたこと、とは、おそらく彼の身の上話だろう。
「こんなに狭いところではなんでしょう。どうです、領地の地理状況把握も兼ねて、城下を散策しませんか?」
「…大事な話なんじゃないの?」
「誰も聞きやしませんよ。さ、外の空気を吸いに出かけましょう」
つくづくよくわからん男だ。
初陣の時には焦燥が視界を阻んだせいでよく見えなかった町が、今日は視界が二割ほど開けて見えた。
活気に満ちたいい町だ。
照り付ける日差しは、現代東京よりも澄んで強烈だが、環境汚染が進行していないおかげで、あの忌々しい熱波とは異なり、心地よい夏の風が運ぶ緑の香りと共に生命に力を与える。
歩みを進め、町もまばらになってくると、人の賑わいと入れ替わった蝉の声が一層、盛夏を感じさせる。
一面に広がる緑、その先にどっしりと構える名もなき山々、そのどれもが喜々として風に身を任せ、命の喜びをかみしめているようであった。
芝原の屋敷から半刻ほど歩き、町を抜けてあぜ道に差し掛かったころ、照光がようやっと口を開いた。
「雪殿、これからお話しすることは、到底信ずるには余りある話でございましょう。ですが、転生者として、一族の長として、そして何より、21世紀の芝原雪として、信じていただかなくてはならない話です」
21世紀の、とは妙に引っかかりのある物言いをする。
振り向き、口元に含ませた微笑はそのままに、続ける。
「さて、今年は西暦1581年。次の年に何が起こったか、ご存知で?」
何が起こったか?
1582年…1582年……
……っ!
「……本能寺の…変」
爽やかな夏の風は一変、嫌な汗で濡れた頬を、死神のように撫でゆく。鼓動が蝉の声をかき消した。得も言われぬ悪感情に押しつぶされそうになる。
以前にも言ったが私は信長様推しの歴ヲタなのだ。それなのに、その信長様に同時代人として先立たれるとは、今の私には何を失うよりも苦しい。
「そう、来年は『本能寺の変』が起こった年、激動の1582年です」
「信長様は死ぬの?今年?ねえ!」
堪えきれず、叫んだ。どうしてこの男は、あの天下の大偉人が死ぬとわかっていながらこうも平静を保てるのだ。
「歴史通りならば、です」
「歴史通り?今がその歴史でしょうが、それとも何?歴史は改変されました、とでも言いたいわけ?」
もったいをつけて話す目の前の男に、いい加減にしろと言わんばかりに畳みかける。
苛立ちは既にピークを迎えていた。
「もしも本当にそうだとしたら?この頭のおかしい現実に何を訴えますか?」
「決まってんじゃないの!殺させないわよ!明知でも何でも、私がこの手で直々に討ってやる!」
「今の言葉、どうかお忘れないよう」
何だ?お忘れなく?
「御名答。この世界は改変後の歴史になります。今からおよそ 年後に、とある人物によって改変を受けました」
何年後か、ここだけは、聴覚で捉えうる限界の、音と形容すべきかも怪しいようなノイズによって掻き消えている。
「申し訳ありません。なにぶん、時空連続体を超えての対人接触には制限がありますので。ということです。よく解ったでしょう。私も未来から来たのです」
「さあ、お話はここからです。この世界は、『とある人物』によって改変された、と言いましたね。誰だと思いますか」
「わかるわけないじゃない。誰よ」
「織田に恨みを持つ一族が存在するのです。その一族において最も有名である人物は、信長公からの悪質な扱いに耐えかねて、彼を自害するまでに追い込んだと言われています。その末裔が、この事象の元凶に相なるわけですね。もう、お判りでしょう」
——信長公に恨みのある人物
「……明智家の末裔が元凶?そんな…明智は秀吉に滅ぼされたんじゃ…」
「いいえ。確かに明智光秀は殺害されました。しかし、一説に、光秀には、光慶、南国梵桂、玉子という子がいたと伝えられます。さらに、この他に二人、隠し子がいたとされ、その子孫がこの事態を引き起こしたのです」
「事象の犯人は、素性をほとんど明かしませんでした。しかし、当時の男尊女卑的な思想から、男であると推定されています。確かなことは、彼が自らを『τ』と呼称していることと、何らかの次元跳躍の手段を持っていること、この二つのみです。」
「次元跳躍の際には、微小な次元歪曲が発生しますが、それが、この時代の駿河は駿府藩、つまり現芝原領で観測されています。このことから、τは、何らかの跳躍手段を用いてこの世界に来たと予測できます。また、この世界に遍在している術というものもτが持ち込んだろうと思われますね。なにせ、これとほとんど同じものが、私のいた時代にあったものですから。」
「さて、雪殿、あなたにはこの世界で、重要な働きをしていただく必要があります。勿論、拒否権も御座いますが、拒否された場合、こちらの改変された世界で一生を過ごしてもらうことになります。」
「どちらを選んで頂いても構いません。もっとも、どちらにせよ争い続けることには変わりありませんが。」
「JKにかける期待が大きすぎるんじゃない?私に何ができるっていうの」
「信長公と共闘していただくことになりますが」
「やるわ」
この超即答に、照光はあっけにとられていたが、すぐに笑い出した。
「これはこれは、なんと早い返事でしょう。それでこそ、私が見込んだ雪殿だ。本当にいいのですね?」
「当然でしょ?タウだかトウだか知らないけどね、私の信長様をどこの馬の骨とも知らないやつに殺させてたまるもんか!」
「流石。いいでしょう。」
そう言うと、彼は今まで浮かべていた薄ら笑いを引っ込め、指を打ち鳴らした。
周囲の景色が一変、山々は視界の後方に飛び去り、紺色を主調とした空間が形成される。それはまるで全天球のスクリーンのように、吸い込まれそうな暗黒をうちに抱えながら、二人を包んだ。
見渡す限り続く空間。
「では、τの無力化のためのミッションをお伝えします。」




