11 帰還
「字見掃討戦、御苦労!幾らかのイレギュラーはありにせよ、とまれ、字見の急襲から自陣を守ったことには変わらん。しかし、敵は字見、争いは長引くであろう。」
短かった。
長いようで短かった。朝から戦で動き詰めとはいえ、その一日はあまりに短く感じた。きっと何かしら脳の神経回路がマヒでもしたのだろう。曲がりなりにも死線、小戦闘とは名ばかりである。数日前まで、退屈極まる教室でペンを片手に睡魔と戦っていたJKは、急に時空を飛び越え、今、弓矢を手に敵軍と戦っていたわけだ。どうしてこうも簡単に受け入れて戦い得たか。私は不思議でならない。
血しぶきで気を悪くしたとか、殺人の罪悪感とか、その他諸々の負感情が一切ない。かといって、戦に勝った喜びとか、一日奔走しきった達成感というものもまた、頭の片隅にも存在しない。
空っぽの頭で照光の好演説を聞き流した。彼の声は単なる音の正弦波として鼓膜を通過し、反対の耳から去っていった。
脳内が虚ろである意味が分かった。
極限の疲労。
立っているのがやっとだ。ぶっちゃけ意識は今すぐにでもぶっ飛びそうだが、武将という立場上家臣の前で卒倒するのは避けたい事案である訳で。
「各々、補給に努め、近き戦に備えよ!以上!」
やっと、やっと終わる。そう思ってふと、力を抜いた。いや、勝手に抜けたといったほうが正しいか。
僅かに残っていたスタミナが丁度底を尽いた。
次に目を開いたとき、私は、はるの膝を枕にして縁側に横たわっていた。
「お目覚めですね。気分は悪くありませんか?」
夕焼けの空はいつしかその山吹色を上書きされ、墨汁でもこぼしたかのように黒であった。
夏の虫が目覚ましとは、なんとも風流な。
なんだかこっちに来てからというもの、失神の頻度が前世の数倍かになっているな。生まれてこの方、気絶なんて、幼いころにひどく頭を打ち付けた時くらいしかないというのに。
それにしても、このシチュエーションはなかなか筆舌に尽し難い。なんてったって人生史上最大級の憧憬の念を抱いていた武家の長になった挙句、家臣(美少女)の膝枕を堪能しているのだから。私に百合の気はなかったはずだが、今、新たな門を開きそうだ。
—だが、はるの顔には、先ほどまで昏倒していた一族の長を憂う心持と、それがようやっと息を吹き返した安堵感とが混在している。余程気を揉んだのだろう。
それを見ていると、自分の穢れた心が嫌になった。
「……ごめんね」
きょとんとしている。無理はない。つい幾ばくか先まで屍の如くあったものが、目を覚ますや否や謝意を露にしているのだから。
「雪殿、何を謝ることがありましょうか。我々のため、その命を賭して戦い、見事、自陣を守り抜いた。それも、昨日の今日で経緯を知るともなく戦に駆り出され、未だ知らぬことも山積であるにも拘らず、ですから。これでぴんぴんしているほうが不思議です。気に病むことなど微塵も御座いません。」
何時の世も、人の温もりというものは最も尊いものだ。冷淡さによって成り立っている戦場の裏側など、今まで考えもよらなかった。
何がヲタクだ、何が歴女だ。私はただ…っと、なんだか自己嫌悪の最たるものに飲み込まれそうだ。
危うく全世界(前世界)のヲタク達を敵に回すところだった。戦乱の世にこれ以上の敵なんかいらん。勘弁してくれ。
はるの優しさと疲れゆえにスーパーセンチメンタルモードになっていた思考に一蹴を喰らわせ、ポジティブシンキングな自分を取り戻した。いいジャン別にヲタクでも。
じめじめ陰鬱に討たれるくらいなら、笑って華々しく散ってやろうと、それくらい明るくいこうと思う。
「はる、ありがと。おかげで元気出たよ」
「あら、随分と急ですね。鬱はもういいのですか?」
いたずらっぽい笑みのはるにもう治ったと答え、縁側に座りなおすと、
我ながら情緒がイカれていると思った。気をつけねば。
「そういえば、なんで膝枕だったの?」
「あっ、すみません。近くに手頃なものがなかったものですから。お嫌いでしたか?」
「むしろご褒美」




