10 踊る愚とデコイ
無音。死んだな。
…と、思ったが、頬が乾いた土に触れていることに気づくまで、そう時間はかからなかった。
ここは…?
半身に微かな痛み。痛み?ということは、生きている?
またこのオチか、何回目だよ、などとクールな傍観者チックに思う間もなく、辺りを見回す。
頼助…!頼助がいる!それだけじゃない。落馬した騎馬隊がてんでんばらばらにいる。
遠くには人の群れが、あれは友軍か?
思わず駆けつけた。
馬はしばらくダメそうなので、重い鎧を引きずって走った。
確かにうちの軍だった。
「皆んな無事?!」
「雪殿!」
「生きております!」
「死なずに済んだようですな」
老若男女、ばらばらと声が上がる。どうやら全員無事だったようだ。
「雪殿!よくぞ御無事で!」
この声は
「照光!」
押し寄せる安堵に押し出された涙が頬を落ちかけたが、曲がりなりにも一族の長であるというひとかけらの自負がそれを許さなかった。
「…照光、い、今のは…?大術、だっけか、ど、どうなったの?」
途切れながら、なんとか問うた。
「っ!観測班!術式波検出!」
自らの役職をやっと思い出した照光が、急いで指示を出す。
あの照光が焦るのか。
それは、これまでの顛末がいかに危惧すべき状況であったかを物語っている。
「…術式波観測されません。重ねて、生体反応もありません。…敵軍、撤退した…?」
「……撤退?」
あまりにも不自然な字見の行動にあっけにとられる柴原家一同。あれほど押していたのに。狐につままれた気分だ。今ならかちかち山の狸に少しばかり同情の念も湧こう。
字見家撤退というニュースは、見事、一人の男の神経を思いっきり逆なでしてしまった。
「字見!舐めた真似を!大術は囮で貴様らはドロンだと?たたっ斬ってやる!」
頼助、スマートな外見とは裏腹に中々の激情家らしい。額に血管を浮きだたせ怒り心頭、今にも爆発しそうな勢いである。
「…してやられたな。大術に見せかけた術式エネルギーの放出で敵を錯乱させたか。敵ながら、天晴れだ。」
「腑抜けたか照光!敵に感心している場合かッ!ああ、情けない。」
「どうどう、頼助、落ち着け。」
一瞥の後、噛みついた頼助を馬のようになだめ、照光が続ける。
「我々の目的はあくまで字見を押し戻すことだ。彼らに対する殲滅は現時点では得策ではない。解るだろう?頼助。」
「……」
照光としても、押し気味であった戦を、敵の術中にまんまとはまり、捨てたことにはかなりの失意と憎悪がある。それが、頼助をなだめる口調の裏に見え隠れしていた。
「…なんにせよ、急場は去った。だが、あの字見の行動、必ず裏がある。これより帰投するが、対地、対空警戒を厳とせよ。いいか、ネズミ一匹見逃すな。」
「はっ」
なんとか落ち着きを取り戻した柴原軍は、足並みをそろえて領地へと帰投する。
一連のあれこれで大層な足止めを食らった我が軍。ついさっきまでそれなりに高かった陽が、今では目線と同じ高さにいる。影が伸びる方向はもう、うっすら暗い。
夕日の光というものは前世の汚れた大気ではその真価を発揮できなかったらしい。川の向こう岸に見える朱は、いつもの五割増で鮮やかだった。
帰路の馬上からは、つい高校の授業二つ三つ分ぐらい前の時間まで、勝っても無報酬、負けたら即死のサバイバル大会を絶賛開催中だった平野が一望できた。ここで高校一クラス単位の人間がいっぺんに踊り死にしたとは思えないほど平穏に。
平穏に。




