身体をはった男の付き合い。
真澄は帰ってきてから勝利の分も含めた二人分の弁当箱をキッチンで洗浄し、水につけ、しばらくして引き上げ乾かした。
一息ため息をついた。(こんな事しない方が良かったのかもしれない…)
不意に手を見つめると神山に主婦の手と言われた事を思い出した。
(ますます固くなりそうだ)
「日向君のために出来る事はないかと思ったけど、昨日他の人に気持ち悪いってうわさされてたし、そう思われても仕方ないかも。おっといけない、自分がばれる事ばかり考えていた」
「ねえ母さん、男っぽいつきあいってどういうのかな」
率直に、やや焦り気味に、かつささやかな気持ちで聞いてみると母は頬に手を当てにっこりとして答えた。いくらか真澄の心中を察していた。疲れと病気で頬にしわが寄っている。
「そうねえ、男の人は意識して男っぽくと思ってないから自然なんじゃないかしら」
真澄は親の様な友人の様な感覚で返した。
「そうなんだ。僕の為に試合に出る男の子に女だとばれずに何かしたくて……ほら、女だとわかったら彼も気にするから」
「もしかしてその男の子好き?」
「えっ?」
「それはもう男として好きになった事じゃない?」
母は真澄の態度で何となく気持ちを察していた。若干照れているのは他者にもまして親には明白だった。
母の言い方には図星をついてからかおうと言う面と娘の恋愛を後押しする部分があった。真澄はポーッとした。
「そんな、私が日向くんを……」
真澄は日向の事を妄想した。頭の中に映像が浮かんだ。
妄想の中で勝利は真澄に顔を近づけた。キス寸前の距離である。
「君は女だったのか、初めて会った時からそうだと思っていたよ」
妄想の中で勝利は真澄の顎をつかんだ。
普段の勝利はこんなムードが作れるとは思えない、明らかに真澄の妄想が入っていた。
「あ」
しかし真澄は我に返り手で振り払った。
「ダメダメ!向こうは私を男だと思ってるんだから、それはなにか違う気がする。私は彼のためにも女だと明かしたくないし、手助けしたい。でもお弁当持ってったりするのは何か違ったと思う。何かべつの事がしたい」
真澄は部屋に移動し腕立て伏せをはじめた。50回やりふうと一段落した。
「日向君と同じトレーニングしなきゃいけないし、筋肉がついて男っぽくなるかも」
疲れて息が切れている所で電話がなった。
「ああ国木田ですけど、今日神山君から「君は椿と仲がいいから彼と話すときいくつか質問したり探ったりしてほしいって言われた。彼どうも椿君に疑念を持ってるみたい。」
「えっ?質問って?」
「部屋には何がおいてあるかとか前の学校の交遊関係とか、なるべく不意のタイミングで聞いてくれって」
「そうなんだ」
「彼、色々椿君の事を探ってるらしいよ」
(しょうがないか。嘘をついてるのはこっちだし)
「ああ、教えてくれてありがとう。質問にはきちんと答えるよ」
この前昼食を一緒にした時は詮索の意はあまり感じられなかったし、神山が根掘り葉掘り聞こうとする人ではないと感じてはいたが。しかし疑われている事もしり少し心細く感じた。
(疑われている不安もあるけど、やっぱり隠しているの忍びない。罪の意識がどんどん大きくなる)
膝の上の拳が震えた。
真澄はトレーニングを終え、宝塚のDVDをみて男装の研究をした。
「かっこよくてりりしいなあ。それでいて女性っぽい品位も感じる。だけどそれをそのまま真似るだけじゃだめなきがする。それに」
(日向君は私を男だと思ってる。だからばれないためというより彼のためにも男らしくふるまわないと)
宝塚を見終わった後「男らしさ女らしさ」と言う本を読んだ。
戸田が夜のランニングをしていると暗い道の端の角で不良たちがにらみあいけんかをしているのに気づいた。
大騒ぎになる前の様な雰囲気である。にらみ合い怒号も飛んだ。放っておけば周囲の住民が通報するだろう。
「止めた方がいいかな」
そこへ片方が棒を出した。
その瞬間戸田の頭にフラッシュバックが流れた。突然激しい頭痛とパニックがおき戸田がうずくまった。
「トラウマが…」
戸田の中に白黒画像で過去の記憶が蘇り頭は痛く心は混乱し、とても止める気持ちではなかった。
次の日公園で小学生がけんかをしていたのを真澄は通りかかり止めた。
「こら、やめなさい」
小学生はしぶしぶいったん止めた。しかし納得がいかないようだった。
「邪魔するな、男は体でぶつからないどわからない事があるんだ。」
真澄ははっとした。
「男同士、体のぶつかりあい。そうだ!」
その日はあと3日と迫った。トレーニング室に椿がいる事に勝利は驚いた。戸田は説明した。
「ああ、今日彼に付き合ってもらう事になったから」
ランニングにも基礎トレーニングにも真澄は少し遅れながらもついてきた。息をきらし汗だくだった。体力消耗が激しく顔が真っ赤な真澄を見て皆不安になった。倒れでもしたらと言う気持ちだった。
しばらくして戻ると戸田は言った。
「よしスパーリングだけど、今日は椿君にやってもらうんだ」
「ええっ!」
さすがに勝利は驚いた。
椿はヘッドギアをつけ、Tシャツで体を隠してリングにあがった。勝利は
「えっ、椿を殴るの?」
「うん、彼のたっての希望なんだ」
勝利は戸惑いながらリングにあがった。戸田は指示した
「今日の練習はスパーリングサンドバッグ。椿くんは反撃せず攻撃をうけるんだ」
椿は胸を張っていった。
「思い切り殴ってくれ!」
勝利は戸惑ったがやがて気持ちを切り替え真澄を対戦相手と意識しにらみ緊張感が生まれた。
向こう側には真澄がいる。今は敵なんだと。
そして開始の合図とともに勝利はいきおいよく前にでた。そしてまずは腹をなぐった。
「ぐっ!」
真澄は顔が歪んだ。初めて食らった衝撃で恐怖すら感じた。しかし
「まだまだ!」
真澄は歯を食いしばり皆を安心させようと努めた。勝利は躊躇したがさらにパンチをボディに浴びせた。
「苦しい。でも」
真澄は強がっていても苦悶の表情を浮かべる。
「さすがに気が…」
「遠慮はいらない!」
さらにパンチは続いた。戸田は指示した。
「今度は顔だ。但しガードしていい」
勝利は戸惑いながら真澄の顔をなぐった。
真澄はおそらく顔を殴られるのはの初めての経験とわかるほど苦しい顔をした。勝利はそれを感じてもさらにもう一発なぐった。
「はやい、ガードが出来ない」
さらにパンチが決まると真澄はふらふらになった。
「大丈夫か?」
「これくらい、僕は試合にでないんだからこれくらいしないと。」
それは真澄の勝利たちへの奉公だった。それを感じ取り痛々しい真澄の顔を見ても手加減するのは失礼と感じた。
真澄も1人のファイターだと。
勝利は心が痛んだがこれが真澄の友情の表し方だと悟った。
「椿君、君の意志受け取った! 僕はやるぞ!」
さらに真澄へのパンチは休むことなく続いた。そしてついに何発かくい真澄はダウンした。皆がかけよった。
しかし真澄は傷のついた顔で笑顔を見せた。
「男同士の殴りあいっていいなあ。熱くなって気持ちが伝わるよ。」
それは勝利たちの役に立てたと言う偽りのないさわやかな満足感だった。戸田は
「もうやめる?」
と聞いたが真澄は
「まだまだ!」
と周りと自らを鼓舞した。
スパーリングが終わると流石に真澄はついに疲労困憊で足がふらつき目をつぶり力なくダウンした。
戸田は勝利をほめた。
「椿君にも容赦なく撃っていった。随分変わったな」
勝利は
「椿君の本気を感じたからさ」
「ふーん。」
そして練習は終わり戸田は締めくくった。
「残りあと3日、これからは基礎を重ねるのがいいと思う」
そして試合の当日は迫った。また勝利は父に呼び出された。
「受験がいやだからといってボクシングのような遊びににげるとは、つくづく不真面目な男だな」
勝利は言い返す気もなかった。しかしふつふつと
(いつか鍛えた拳でなぐってやる)
そのわだかまりと胸に残った1物はこれからの人生すべてで障害となる予感を勝利は感じていた。しかしこれだけはわかる。
目の前の男は人が自分を犠牲になっても相手の助けになろうとしたりそれに応じる気持ちなどかけらも理解しない人間なのだと。




