将来と今の迷いと葛藤
火野は屈託ない表情で握手した。
「ほな、よろしく!」
あははとあくしゅするなり大きく口を開けて笑った。戸田が紹介した。
「僕の中学時代の同僚だ、今日から一緒に練習してもらう事になった。色々教わる事もあると思う」
「こちらこそ」
多少戸惑ったが勝利はにぎり返した。
「じゃあ、ランニングに行こう」
(なんかペース早いな……)
火野は最初から体も心も飛ばしていた。しかし無理をしてるのではなく彼にとってはそれが普通のペースのようだった。
火野は先陣をきりダイナミックなストライドで走り始めた。大きくスタミナが持つのかと思う走り方である。
勝利はふーんとなった。
「何か軽快な走りだな」
「彼スタミナすごいからね」
火野が先陣を切ってリードしペースはその後落ちなかった。2kmほど早いペースを維持しなおかつ顔が苦しそうでない。
「彼みたいな走り方は本当にスタミナないと出来ない」
「そろそろ疲れて来たわ」
近くの公園で休憩になったが、皆へとへとだが火野は汗はかいていても息は切らしていなかった。
勝利は膝に手を当てながら、
「すごいな。火野君は」
「僕でも全然かなわないよ、さすが現役」
戸田は感心した。
4人はジムに来た。戸田は言った。
「じゃあ、ここから本番、日向は火野の隣に行って」
「こう?」
「ここでならんでサンドバックを打つんだ。そうすればフォームチェックできるだろ?」
「よし」
2人は並んでサンドバックを打った。当然の様に火野の方がテンポが良く早くスピードも落ちない。
それでいて息が切れない。しばらくして2人は休んだ。戸田は聞いた。
「どうだい?日向の資質は?」
火野は答えた。
「まだ、試合に出るにはフォームが大振りすぎる。いかに隙をなくして行くかだな。彼が自分の悪い所を把握できてればいいけど。試合あと1週間やったか」
「1週間。」
「で、まさか勝つ気やないやろ?」
「ああ、30秒くらい持たせて終わりくらいが目標、最初の一撃でKOとかならない様に」
「本人勝つつもりなんやろ?」
そこへ勝利が来た。戸田は囁いた。
(今の聞かれてないよね)
「なんか、走ってる時もパンチしてる時も今一ふっきれない感じがするな。何か悩みでもあるのか?」
火野が聞くと勝利は黙った
「…」
戸田はフォローした。
「あ、色々、家庭の問題とかで」
「あ、そうなんだ。」
勝利は火野に聞いた。
「火野くんはボクシングやる事に迷いがないね」
「自分で決めてはじめたことやからな。迷いなんてあらへん」
「俺も受験生で迷いはあるけどそれ以上に門限が」
「門限?」
「彼んち門限があるんだ」
「…」
「ま、まあ今はボクシングの話をしよう。大木はまさかボクシング転向とか?」
「いや、しない。やっぱり相撲には愛着があるし、世話になった先輩にも申し訳ない」
戸田は火野に聞いた。
「何かアドバイスない?」
「おれは困った時、今出来る事を全力でやるようにしてるんや」
「今出来る事」
勝利はへとへとになりながら帰ってきた。
「はあ、はあ、結構疲れる。今はやるしかない」
しかし父はすでに帰ってきていた。
「遅い。今の時期はジュースを買いに行くのも禁止だ。あと髪の毛をセットするのはやめろ。その時間を勉強に向けろ」
聞き流そうとしたが胸に何かが刺さった。やがて机に座り受験勉強を始めた。やがて疲れがたまり背もたれにもたれた。
「でも今はやるしかない。勉強とボクシングの両立だ」
ため息をつき思った。
(今までは何かを安請け合いしたり勢いで行動する事が多かった。それでも良かった。でも今回わかったのは安請け合いや偽善は禁物だって事。ボクシングがここまで過酷だって知らなかったけど。安請け合いを認めたくないからやってるんだ。俺は椿じゃなく自分の為にやってるだけなんだ。そういいきかせよう)
次の昼休みに椿が少し赤くなりながら勝利に言った。
「日向君、お弁当作ってきたんだけど」
「え・・?」
日向は少したじろぎ、周囲はざわついた。
(あいつそういう趣味あったの?)
「あ、ああうれしいよ・・」
勝利は戸惑った。さらに隣で弁当を食べようとしている。
「頂きます。」
勝利は箱を開けた。野菜が多く入っていてバランスが良く取れた印象だった。
「椿ってよくこういうのちゃんと作るね」
「ああ、昔からやってたから。それよりごめん」
「え?」
「僕のせいでこんなことになった。僕のせいだ。僕が試合に出ればよかったんだ」
勝利は少し考え込んだ。
「……いや、俺は自分の為にやってるんだと思う。たぶん、良い人だと思われたがってたんだ。それを認めたくなくて必死にやってたんだ。あともう1つは不満だらけの生活の中に楽しみを見つけ出したかったんだと思う」
「それって親御さんの事?」
「うん、昨日も髪型セットするのやめろって。あとこないだ聞いたけど一生女とつきあわせないって」
「……ひどいね。家の親の方がずっといい人だよ」
「それをまぎらわすためでもあるんだ。新しく参加した火野くんって人が、今出来る事をやる事だって言ってた」
「でも、あまり無理した練習しないで。今度から僕も付き合うから」
椿の家に電話がかかった。
「はい」
「俺だ、乾だ」
「くっ!」
「今度お前らが負けたら、お前は俺の女になってもらうぞ。」
その声は低く陰険だった。真澄は眉が震えた。電話を切り真澄は拳を見つめた。
「あいつ、自分の手でやっつけてやりたい!」
ボクシング部室に2年生部員が集まっていた時それをきりさくように3年生がやってきた。一斉に緊張が走る。
「おい」
2年生はびくっとして答えた。
「は、はいなんですか?」
「お前ら、何とかってやつと今度試合やるのか」
「はい、叩きのめしてやりますよ」
明石が答えると先輩は怒った。
「ばかやろう!」
「えっ?」
「ただかつんじゃねえ、違いを見せるため30秒以内で終わらせろ。手こずったらただじゃおかねえぞ」
勝利はランニングを終えジムに入った。戸田は言った。
「あと4日」