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本当に打ち込む気持ち

 勝利の心の中に荒れ狂った台風が起きたようだった。顔は紅潮し、目はぐわっと見開き充血しときどき上ずって斜め上を見た。天井のライトを見上げ自分を照らす物質を見ていた。自ら照らされる価値のある存在のように恍惚としたように感じた。国木田は明らかに勝利に異変を感じ心配した。

「日向君。」

小宮も汗を流していた。

「もしかして何らかの異変が起きたのかしら。今まで溜め続けた欲求がさっき受けたパンチで脳にショックを。」

「そんな。」


 国木田の不安は一層増した。勝利はいつもの落ち着いた姿とは違い狂犬のごとくだっといきおいよく葛西に向け走り、すさまじい大振りのアッパーやフックを出して行った。「うーわー」等の意味不明な声も出し口も大きく開いていた。国木田は心配した。

「日向君、大丈夫?」

小宮が説明した。

「前に戸田君がおかしくなった時と同様のケースかしら。それにしても精神だけでなくあんな戦い方をしていれば体力もすごい減る。みてあのすごい汗。」


 会場の観客が様子に異変を感じやじと言うより噂を何人か口にした。

「日向、やっと俺たちの期待に答えてくれたか。」

「いや、いくらなんでも攻めが大振りすぎないか?」

「俺たちのヤジにカチンと来たかな?」

戸田はそれを聞き否定した。いい気な観客たちだと呆れいらいらした。

「いや日向はやじを聞いた程度で切れたりはしない。とするとさっきのパンチで。」

葛西はこんな状況でも逆に努めて冷静にふるまいまた思った。

(今までは様子を見ていた。日向君、何らかの病気でも抱えてるのか。病人なら相手をするわけに行かない。しかし病気でなくこれも本気というなら俺も相手をしなければならない。目が切れているさっきのパンチでおかしくなったのか。)

 葛西の気も知らず勝利は天井を見上げ幽霊のように叫ぶ。いき場をなくしているようである。肉体より心が。葛西はそのあまりの異様な雰囲気に不信感を抱き動揺した。

(これは演技か?しかしよけ続ければ俺の体力も減る。)

ここで4ラウンドが終わった。


 葛西は勝利とした仕事を思い出した。重い荷物を勝利の代わりに現場で持った。

「ありがとうございました持ってもらって。」

「いや、これくらい。」

優しく答える葛西に先輩が言った。

「日向ももっと鍛えてほしいな。」

「は、はい。」


 葛西は回想し、思った。感傷にふけった。

「君はもっと温厚で素直だ。そんな凶暴になるのはおかしい。だとしたら止めてから決着をつける!」

5ラウンドが始まった。また勝利は大振りパンチを出した。葛西は軽くよけた。

(チャンスだ。)

しかし葛西は次のパンチをブロックした。かなり手に響いた。これは意外な威力だと葛西も驚いていた。パンチ力にも作用していると感じていた。

(これも君の一面なのか。)

勝利はまだ荒れている。口をだらしなく開け四方に叫んでいる。葛西はそんな勝利がどことなく哀れだった。

(君はいい同僚だった。だがこのままおかしくなったら俺の責任だだから!)

「あっ!」

次の瞬間会場は声を失い、葛西は狙って全く同じ場所にパンチを打った。すると勝利が止まった。会場の空気がとまったようだった。観客は起きた事を飲み込もうとした。次の瞬間

「あ、あれ!」

勝利は元に戻った。手を見つめきょろきょろし、明らかに自分はおかしくなっていた、と言うより何をしていたか思い出せないようだった。観客は勝利が正常に戻ったと理解した。

「元に戻ったのか!」

葛西は元に戻った勝利に言った。

「こい!君に本気のボクシングを教えてやる!」


「うおお!」

叫んだ勝利は目が正常に戻った。軽くガッツポーズをした。悪いものが抜けたようだった。闘志はあるが切れているわけではないまっすぐで熱い目だった。そして葛西をしっかりと見つめ素早く走り込み大振りでない気合いの入ったパンチをぶつけ、葛西の顔面にヒットした。葛西は勝利の変化、覚醒に怯んだ。勝利ははあはあ言いながらダメージを受けた葛西を見た。会場が沸いた。


「おおっこれだ!」

さっきまでが嘘のように葛西も打ちかえしラリーになった。攻め、受けひたすら殴りあった。

「すごい!」

「なんて戦いだ!」

勝利は思った。

(もしかして葛西さんは俺を元にもどして勝負を。)

まだ打ち合いは続いた。

「どっちも頑張れ!」

勝利は思った。

(俺なんか初心者の駆け出し、ボクシングの厳しさなんて何も知らない。でも心が熱い!力がみなぎる)

葛西は目を見た。

(いい目だ。)

(もっと早くやっていればおれの人生は変わったかもしれない!俺はいま椿のためだけに戦っているんじゃない。)

(今の君は楽しそうだ。だがそれだけじゃない。現実はつらくハードだ。)

冷たく重いパンチが勝利に決まった。葛西は冷たく見下ろすような目を向けた。

(おれはまだ。)

「あーっダウン!」

123とカウントが数えられた。

「立ってくれ!」

最後の力を振り絞り勝利は立った。たった数発で満身創痍の様相だったがそれでもまだ試合は捨てていなかった。会場は大歓声に包まれた。

「立ったぞ!」

しかしその直後希望を打ち砕くように勝利にさらに冷たく重いパンチが無残に決まった。勝利の意識は遠のいた。前にがっくりと倒れた。

(だめだ。)

ついに10カウントが刻まれた。

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